![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/26658684/rectangle_large_type_2_098aaf456ed5f7694748cbb014ec24a1.jpeg?width=1200)
サクラサク。ep16
夜と朝が挨拶を交わす。特別だと思っていた金色の世界。
だけど、お日さまはどんどんと登り、景色はあっという間に見慣れた色へと移ろいゆく。
「帰ろうか」
サクラが、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
人間と猫による愛の逃避行は、あっという間だった。金色の世界に包まれているときから、きっとサクラはそう言い出すだろうと、名残惜しい気持ちもあるが、何処かではわかっていた。
仕事へと向かう人の波に逆らって、サクラとサクは歩いてゆく。家路を目指して。
途中で、サクラがどこかに電話をかける。
「はい。どうしても体調が優れなくて…本日はお休みさせていただきます」
あ、ズル休みだ。
意外だった。サクラは真面目で、嘘をつくようなタイプに見えなかったから。
だけど実際、サクラは本当に疲れているように見えた。顔はまだ青白いままで、いつ倒れてもおかしくないみたいだ。
𓇼✩𓇼✩𓇼
「ただいま」
夜明けみたいな強い光ではなく、柔らかい朝の光が窓から溢れる。
永遠のようで、短い不思議な旅はいよいよフィナーレを迎えた。
「クロ、お腹空いた?」
いつもの毎日なら、朝ごはんを食べ終えて、サクラが仕事へと向かっている時間だ。
何だか初めての出来事だらけで胸がいっぱいになっている。とても、食べられそうにない。
そんな吾輩の様子を悟ったのか、サクラは最後の力を振りしぼるように、小さく笑った。
「おいで」
サクラのベッドの上で、一緒に寝転がるのは初めてだった。怖がりなサクラのことだから、猫である吾輩と寝るのは嫌だろうと思って、ベッドには近付かないようにしていた。
サクラは力ない声で、色々なことを取り留めもなく話してくれた。
病院が本当は怖いこと。
だけど、病院に行かないと、それはそれで不安なこと。
眠って、そのまま目が覚めなくなったらどうしよう、と心配なこと。
家族に心配してほしくないのに、その想いが伝わらなくて苦しいこと。
だけど、無理して笑わないと自分を保てないこと。
そして、神様のこと。
「神様はさ…いじわるよね」
ずっと昔、ご主人様から聞いた神様は、偉大な存在だった。だけどサクラが思う神様は、少し違うみたいだ。
ご主人様より、ずっと線の細いサクラの身体。
一体、この細さの中によくこれだけの悲しみを抱えるスペースがあるのかと驚いた。
吾輩は、サクラの胸に引っ付く。
今朝乗った電車よりは少し小さな音で、だけど似たようなリズムで鼓動を刻む。
とくん、とくん。
サクラ。前にご主人様が教えてくれたよ。
人間と猫では、生きるスピードが違うこと。
神様は猫の方を先に飼いたいと思っていること。良い子が好きなこと。
だから、うんと悪あがきをすれば良いこと。
--もしも、サクラが神様から呼ばれているのなら、良い子なんて辞めてしまえ。
だけど、それがどうしても出来ないなら、
いいよ。
吾輩は猫である。
人間よりずっと儚く一生を終える。
だからすぐにサクラの元へ逝くから。
哀しむ必要なんて、何処にもないんだ。
朝の光が降り注ぐ中、サクラの隣で、
吾輩は穏やかな心地でいつの間にか眠っていた。
幸せだな、と思った。