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【競争力強化を考える】#2 サステナビリティレポートと統合報告書には何を書くべきなのか

用語の解説

サステナビリティレポート

サステナビリティレポートはその名の通り、自社のサステナビリティ(持続可能性)を主に投資家などへ対外発信するときに作成されるレポートです。名称は企業によって微妙な差異はあるかと思いますが、ここではサステナビリティレポートと呼ぶことにします。SDGsやESGなど社会課題へどう対応して企業の持続性を高めているかに軸を置いて作成されます。少し前までは環境問題に焦点を当て、特にCO2の排出量削減をメインコンテンツとして各社作成していましたが近年では人への投資を重視する社会の流れからメインコンテンツがこちらへシフトしつつあります。

統合報告書

年次報告書やアニュアルレポートなどに近いレポートで、年に一度発行されます。それらとは明確に区別して発行している企業もありますがここではまとめて統合報告書と呼ぶことにします。明確な言葉の定義はありませんが、有価証券報告書のメッセージ性を高めたものがアニュアルレポートでそれを更にリッチにしたのが統合報告書のように一般的には扱われています。主に企業ホームページのIRカテゴリのメインコンテンツとして掲載され、自社ビジネスについて財務情報のみならず包括的に記載されています。主なターゲットは投資家です。企業のレジリエンスについてどのような仕組みがあるのかに軸を置いて作成されます。

どう使い分けていくのか

企業にとってサステナビリティレポートと統合報告書の使い分けはかなり苦労されていると思います。伝統的な年次報告書から発展させた統合報告書に加えて、近年ではESGやSDGsというキーワードからサステナビリティを求められるようになり、投資家へのアピールとしてサステナビリティレポートも発行し始めたというのが多くの企業の流れなのではないでしょうか。実際に他社の統合報告書やサステナビリティレポートに目を通すとその内容の違いについてはほとんどレポートの構成でしかないように思えます。もちろんこれらのレポートの内容に重複があることを非難されることはないでしょう。一方であまりに内容が重複しているとあえて分けている意味がなく、場合によっては企業のサステナビリティへの取り組みが希薄であるような印象を与えてしまうかもしれません。せっかく良い取り組みをしていても大きな数字にこだわってしまい結果的に同じような内容を毎年、どのレポートにおいても記載してしまうといったケースもあるのではないでしょうか。そこでこの二つのレポートの目的について整理し、明確に使い分けることで投資家に対して自社の取り組みを深く知ってもらい、企業の評価を適切な水準まで高めようというのが本記事の趣旨となります。なお、企業価値というものは対外発信やレポートによって決定されるものではありません。まずは競争力強化のために適切な取り組みを行なっていることが前提になります。あくまで良い取り組みをしているのに発信の機会が少ないケースを想定しており、そもそも取り組みを行なっていない企業については誇大なレポートを作成するのではなく自社内の取り組みを強化していくことが重要だと考えています。しかし、レポートの作成を通して自社の取り組みについて洗い出しを行い不足を補うこともできます。サステナビリティレポートや統合報告書は投資家のための発信という側面と自社のためのマイルストーンという側面を持っていることを意識しましょう。

社会の一員としてのレポート

サステナビリティレポートの特徴として先述したESGやSDGsというキーワードに代表されるように社会貢献といった側面が強く求められています。これは言い換えると自社の競争力ではなく社会全体を含めた持続可能性について問われており、社会に対する自社の意義を記載するのが良いと言えます。つまり、統合報告書と同じように自社の強みや自社のみに焦点を当てた持続可能性についてばかり記載している企業は注意をしなければなりません。
もう一つ共通して言えることですが、サステナビリティはコストのかかるものという先入観やお客様から言われてサプライヤーの責任として取り組むものではないということにも注意が必要です。サステナビリティで求められる持続可能性というのは社会もですが自社も含まれているので単にコストをかけるだけでは矛盾してしまいます。社会課題の解決を実現できる製品やサービスを生み出し、事業として継続可能な収益を出すことがサステナビリティです。なので本当は自社のそういった製品やサービスによる社会への貢献を記載するのが良いのでしょう。しかしながら伝統的な日本企業の多くは新規の製品やサービスを生み出すことを苦手としています。知らず知らずのうちに自社の中にあるそういった芽や種を潰してしまっているのでしょう。
ここでの結論としてサステナビリティレポートは社会の一員としての自社の立ち位置、ひいては自社が生み出す社会への価値といった部分に注力して記述すると良いと言えます。

自社としての持続可能性

一方で統合報告書は自社のレジリエンス、自社単体での持続性について記述することが求められます。年次で発行されるため特に現在のトレンドについて理解し、対応している姿勢を示すことが好ましいでしょう。企業にとっての持続性というのは業績が安定しているという財務的なものに加えてガバナンスや企業文化といった非財務的な要素も大きく影響してきます。サステナビリティレポートにも同じことが言えますが、数字だけで見えない部分が求められますので無理に数字目標にこだわらずいかに自社が他社と比較してユニークな取り組みをしているのかを記載すると良いでしょう。
非財務的な要素について掘り下げます。ガバナンスについてはどの企業も十分に取り組み、記載されていることと思いますが、実際にはその内容はほとんどがコンプライアンスに関係するもので競争力に直結するものではありません。これはコンプライアンスが不必要であるというわけではなく、むしろその逆でルールやモラルで定められる常識のレベルの取り組みであるためです。そのため、コンプライアンスに関する記述は重要ですが、必然的にそれ以外で自社のユニークさや持続性・成長性をアピールしなければなりません。そこで原点に立ち返ると、企業の原点にあるものはPPMでいう"Question Mark"であることが分かります。持続可能な企業というのはこの”Question Mark"が無数に存在している企業であると私は考えています。そのため統合報告書では自社の事業の業績と同じ熱量で新規事業への取り組みについても熱く語ると良いのではないでしょうか。加えて、トップマネジメントのコミットメントが企業運営に大きな影響を与えますので社長メッセージにはトレンドを踏まえて自社の長期的なビジョンから今何をしていくのかを明確にすることが重要です。

人への投資はどっちに書く?

近年では人への投資は重要な指標の一つとして捉えられています。では、人への投資は社会の一員としての取り組みなのか自社の競争力強化のための取り組みなのかどちらでしょうか。私は両方であると考えています。人へ投資した結果は企業の生産性に直結し競争力の強化に役立ちます。一方でその投資は人へ蓄積されていきます。これは転職や就業外での社員の活動などを通して企業単体の狭い範囲ではなく社会全体の生産性をあげることに繋がります。短絡的に転職先企業のために教育を施すのかなどと考えることもできますが、実際はそうではありません。成長に応じた賃金を与えることも、社員が定着しやすい職場環境を提供することも人への投資なのです。日本の転職理由の多くは賃金や職場環境への不満だと言います。ここを改善することも人への投資だという事を忘れないでください。そうするとたくさんの課題が見え、必要な取り組みも分かります。人への投資は一回限りの一律賃上げとは異なるということを理解するだけでも他社との差別化という意味で優れた企業だとアピールできるのではないでしょうか。ただし、これはコンプライアンスなどに近しくいずれほとんどの企業が取り組み始め、その優位性をアピールすることは難しくなると思われます。賃上げ競争は値下げ競争と同じで体力のある企業が有利になります。定着率や人の囲い込みについては今回の趣旨とは逸れますので次回以降で考えていきたいと思います。
話を戻しまして、もし人への投資をどちらのレポートに書くか厳密に区別する必要があるならば、人への教育などの投資はサステナビリティレポートへ、賃金や職場環境などへの投資は統合報告書への記載が良いのではないでしょうか。
人への投資を私が強く推す理由は多くあるのですがその根拠の一つとして日本政府の現在の取り組みが挙げられます。内閣官房の"新しい資本主義実現本部"の資料では、"日本企業の人への投資の強化の必要性"について以下のような課題が残されているとしています。

今後、人口減少により労働供給制約が強まる中、人への投資を行わない企業は、ますます優秀な人材を獲得できなくなり、それは企業価値や競争力の弱体化に直結することを認識する。

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」 (令和4年6月7日)のフォローアップ, 
内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局

それに対する"今後の対応方針"として記載されているのが以下の内容です。

企業自身が、働く個人へのリ・スキリング支援強化を図る必要があることを肝に銘じる。

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」 (令和4年6月7日)のフォローアップ, 
内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局

ここから人への投資は現時点では企業の自主性に依存するような形であることが分かります。これは人への投資が現状では企業間の競争力の差に繋がりやすいということでもあります。生産性の向上にも繋がり、社会貢献にもなる人への投資についてぜひ積極的に検討してください。今後人への投資については状況の開示が義務付けらる可能性もあります。いち早く重要性に気づき、取り組むことで他社との差をつけ結果的に企業価値が向上し、投資家からの支持も得られるのではないでしょうか。

最後に

対外発信の主要レポートに何を書くべきかという内容の記事であるにも関わらず、多くを人への投資について言及してしまいました。最近生産性や人的資本について研究しており、日本企業は大手であってもその取り組みがまだまだ遅れていると分かったというのが大きな理由です。逆に企業規模によらず人への投資を積極的に行うことで優秀な人材を集め、競争力を獲得することも可能だということでもあります。財務的な数字というものは投資をする上ではあまり役に立たなくなっているのかも知れません。変化の激しい時代である今は、優秀な人材がいる企業は変化の荒波を乗り越え成長し続け、優秀な人材に見放された企業はやがて荒波に飲まれ消えていくからです。
いつの時代も組織は人で構成されており、お金を稼ぐのは人です。これは人がお金を欲し続ける限り変わらないことです。企業が営利目的である以上、人への投資は最も優先される事項なのではないでしょうか。AIによる労働代替が進むと人がお金を生み出すという事実は企業のパワーバランスによってより顕著に現れます。持続的に成長する企業であるためにも、人件費を単純なコストだと考えるのはやめにしましょう。

参考
*Labor Market Fluidity and Human Capital Accumulation | NBER
https://www.nber.org/papers/w29698
*新しい資本主義実現本部/新しい資本主義実現会議|内閣官房ホームページ
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/index.html

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