パンツ派の私が、ロンドンでBurberry のミニスカートを買った理由
娘が生まれてから、ほとんどスカートを履いていなかった。
元々パンツ派だったのだが、子供との生活が始まると、スカートを履く意味や目的が完全に消え失せてしまっていた。
持っているのは、コロナ禍の暇つぶしに古いジーンズを作り変えたマキシ丈のデニムスカートだけ。
アップリケをたくさんくっつけたものでわりと評判は良かったけれど、これは足首さえ見えない。
パンツスタイル(というかデニムやスウェットばかり)の生活が数年続いたのち、ロンドンで買ったのはまさかのミニスカートだった。
そんな予定は全くなかったのだけれど。
母が日本から来ていて、買い物に行きたいというので、郊外のアウトレットモールへ行く電車を予約していた。
ところが直前で電車は運休に。母と共に交通事情の不安定なロンドンの洗礼を受けた。
自宅から在来線で三十分ほどのところに、Burberry(バーバリー)のアウトレットがあったことを思い出す。
ハックニータウンというその街には、以前優しい日本人ママ友が連れて行ってくれた。パン屋などのおしゃれな店が沢山あるエリアだ。
美味しいパンで腹ごしらえをして、いざBurberry へ。
母の買い物に付き合うつもりが、美しくも実用的な服たちについ夢中に。
"Special Price"
の札がかかった棚に頭を突っ込んで、素敵なものをいくつも見つけてしまった。
特に目を引いたのは、ニットのミニスカート。
ブラウンの地色に、チェック柄をうんと大きくした直線的なパターンが織り出されていて、すっきりと着られそうなデザインだ。
しかし、ミニスカート。しかもフィット感のあるニット素材。
最後にこんなスカートを履いたのはいつだったか、もう思い出すことすらできない。
それでも試着してみる。
だって、Burberry。
上質なのは間違いないし、それに私の世代はBurberryが大好きだった。
安室ちゃんが着たプリーツスカートや、チェック柄のマフラー。
それらは圧倒的に可愛くて、ちょっと高級なスペシャルアイテムだった(同世代の方、覚えてますかっ)。
ショート丈のハイネックセーターと合わせてみると、あら可愛い。
自分のヒザ、久しぶりに見たかも。なるほど、確かに肌が少したるんでるね。
でも、だから何?
全然気にならない。そんなことよりも、見て。
絶妙なハイネックの高さのおかげで、顔立ちが立体的に見える。
ヒップラインだってスッキリしてる。
キャメルやブラウン、差し色のダークレッド。なめらかなニットのテクスチャー。
完璧だ。
つまり、ミニスカートを履いた私を、私はなかなか気に入ったのだ。
それから思い切って、黒いラム革とデニムをあしらった、かなりアレンジの効いたトレンチコートも手に入れた(どれも7割は安くなってたし)。
上質な服の良いところは、人間の体の美しさに気付かせてくれることだと思う。
怒り肩なんて意地悪な名前で呼ばれるしっかりした肩も、子供を育てたお腹の丸みも、質の良い服に包まれることで意外にも優雅に映える。
ほとんど化粧をしなくなった素顔さえ、硬派なトレンチコートを羽織れば、表情や意思がくっきりと引き立つ。
自分の身体と心を讃えるために、私はミニスカートを買ったのかもしれない。
年齢を忘れて暮らし、
決まりごとや先入観が嫌いで、
絶え間なく起こる新たな問題に頭を悩ませ、
お金になりそうもない夢を握りしめた、
ロンドンの日本人である私を。
それに英語でのコミュニケーションが不完全なぶん、ファッションで自分を表現したいという発想も、日本にいた時よりも強くなった気がする。
エイミー・ワインハウスのようなミニスカートと、エリザベス女王にならったレインブーツを履いて、雨のロンドンを歩こう。
ビートルズの真似をして大きな歩幅で、サム・スミスの傷つきやすい心を抱え、ウィンストン・チャーチルみたいなユーモアも忘れずに。
そうして踏み出した一歩が水溜まりに突っ込んだとしても、空を見上げれば虹が見つかるかもしれない。
失敗しても下を向かないために、愛すべき自分でいたいのだ。