
部屋の明かりが消えない
先日、久々に実家に泊まった。
珍しく饒舌に近況を話してくれる弟。
弟のお気に入りの抹茶プリンを買ってきたからかもしれない、なんて微笑ましく思った。
仕事は残業が多くなってきたみたい。
最近は20時に退社することもしばしば。
実家から離れた場所に会社があるから、満員電車に長いこと揺られるのが苦痛。
でも周りの人たちが優しくて、何とか続けられている。
残業が多いのは心配だし満員電車も可哀想。
だけれど、弟が誰かと繋がっているという事実が何より嬉しくて、ニコニコしながら聞いていた。
「でも、最近眠れないんだ」
唐突に弟が切り出した。
「なんで?」
「分からない…」
困ったような表情。
特段悩みがある訳でも、カフェインを多量に摂っている訳でも、寝る前に電子機器をいじっている訳でもない。
全く原因に心当たりが無い様子。
夜は眠れないのに、仕事中は耐え難い眠気に襲われるそうで、病院で日中眠らないような薬を処方してもらっているらしい。
眠れていないのに、そういう薬を使って大丈夫なのだろうか?
不安でたまらかったが、
「今日から生活習慣を整えて、まず寝れるようになろう。薬はそれからだよ。」
とありきたりなことしか言えなかった。
その日の夜、ふと目が覚めた。
時計は2時をさしていた。
ー水が飲みたい。
弟の部屋の前を横切ると、ドアから光が漏れ出ていた。
もしかして…ドアの前から声をかける。
「起きているの?」
「うん」
「もう電気消して寝るんだよ」
「うん」
水を飲んで、自分の部屋へ戻る。
まだ弟の部屋の電気はついていた。
何となくかける言葉が見つからず、黙って自室に入った。
『父を待っているのかもしれない』
とふと思う。
たいてい夜中に帰って来る父。
弟だけは、起きて一階で父を出迎えていた。
「お疲れ様」と一言かけるために。
今でも父の帰りを待っているのかもしれない。
だから、部屋の電気を消さずにいるのかもしれない。
父はもうずっと、家に帰ってこないのに。
不器用で健気な我が弟よ、
もうゆっくり寝ていいんだよ。
彼が、ぐっすりと何も気にせずに眠れる夜が来ればいいなと願う。