voyant(まみえる人)

会社員をしながら、小説や詩、絵画をつくっています。よければ、読んでいただいて感想を教えてください。

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【小説】冊間橋(33枚)

 美那瀬川は、県内随一の水量を誇り、水質も豊かな美しい川である。川に沿って町の北部から五キロほど下ったところには、全長五十メートルのアーチ橋が架けられている。川から見れば、鋼製の白色アーチがコンクリートの路面と交差する格好になるだろう。交わった後の四本のアーチの先は、河川敷の強固な地盤めがけてしなやかにたどり着く。「冊」の字をかたどるように見えるから、地元の人々の間では、長らく、冊間橋(さつまばし)と呼ばれてきた。いつのころから、そういった呼び名になったのかは分からない。名づ

    • 【詩】彗星

      彗星の足跡だけには心を配ったはずが片端から塵芥が放たれ続けるのは神代の頃からの常に違いなかった 地上から見上げる者たちはその放埒に都度心当たりの有無を問われたが全うに答えられるはずもなかった 遥か先を行き交う星星にはよそよそしさがつきまとうからだろう それでも屈託のない境界が密やかに隠れているばかりに零れ落ちる屑の欠片は皆の命となりえた

      • 【詩】軀

        あなたたちが父と母からもらったその軀に翻弄され続けるのは生き物にのみ許された因縁である 水に潜ればひとたび鷲掴みにも似た抗いを受けるばかりで炎に近づくものならたちどころに燻されてしまう かなうことならば母の羊水にしっとりと包まれ父の激情にもたしかな霊感を抱いてふたたび遥かなる旅路につこうではないか

        • 【詩】結び目の散文詩

          固くゆわえられた結ぼれは、時が下れば緩やかに解き放たれる。 涙まじりの手指によってふたたび分かちがたく重ねられたとしてもはじめての契りほどうららかではなかった。 瑞々しさが、寄せ集まった繊維にきつく縛りつけられたからだろう。 ここでの結び目とは二人の運命のことだった。

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        【小説】冊間橋(33枚)

          【詩】砂塵

          つむじ風が山吹色の砂塵をこと細かに巻き上げて消え去った ねじられた腕のごとき砂ぼこりは舞い散るかに見えていまだ落ち着くところを知らなかった 空の青地をつぶさに汚しても清らかな色味に溶け合うことはない 配色のよしみをいいことに血色の悪い手のひらをあてがうと新しい地平の辺境をかすかに見出した

          【詩】天蓋

          湿り気を帯びた風が吹きすさぶようになると白い鳥の群れが逃げ惑うように空を漂った それぞれの飛来が雨か、雪か、と見紛って忽ち大きな天蓋を形づくるようになる やがて、ちいさな破れ目から降りしきるものの姿を見失ってわたしはあろうことか掌を差し出したのだ 冷たくて、それでいてしっとりとした羽毛は軽かった

          【詩】靴

          アスファルトの道路上に置き去りにされた靴は黒ずんだまま人目を忍ぶ 持ち主を捜そうにも所々千切れて身動きすらできなかった 次々に迫り来る車両は面白いように黒の繊維をかわしながら走り去ってゆく 見かねた鴉が錐揉み状に舞い降りたかと思えば保護色の嘴を靴底に引っかけて恣(ほしいまま)にしていた

          【詩】世界の片隅

          あなたの一日は輪転機のように気が遠くなるほど反転しては写しとられていった 白い紙の地平に帯びた確かな翳りを残して 色彩に煩わされる手間がなかっただけにモノトーンの風合いが際立っていたから淡い色調がひた走る 目覚めてから呼吸をし食べて交わり排泄するだけであったとしてもそんな毎日のどこがみすぼらしくて安っぽいと言えるのだろう

          【詩】世界の片隅

          【詩】傘の散文詩

          紅い傘が向かい風になびいた矢先に二人で強く握りしめたものだから、彼女の掌は熱くたぎり立った。 わたしを雨に晒さないように、布地と骨に巻き込まないように、とせめてもの肩代わりだった。 彼女が濡れるのをものともせずにいられたのはわたしに密やかな衷心をせがんだからだろう。 風雨の横恋慕はいまだに果たされてはいない。

          【詩】傘の散文詩

          【詩】赤子

          部屋の片隅で産まれた赤子の声音はどこか弱々しくか細くこだました 取り上げた産婆たちは一心に尻をたたいて赤裸な男の子をこの世にしかと導いた ある詩人の目裏にけたたましい光景が甦るときその赤ん坊とは自分のことではなかったかと訝ってしまう 彼にとって書かれるべきものとはたなびく光の一条であり二度目の産声だった

          【詩】再会の散文詩

          陽光のまぶしさから、しかめっ面に見えたのは至極当然でその実、彼女にとっては再会の面映ゆさが大きかっただろう。 逆光が私のからだを伝ってそのまま彼女の瞳を射すくめたから、溶かし込んだ想いはなおのこと強かった。 太陽をこちら側に引き入れておけば心強くて、私の魂胆は光に紛れて漂いゆくばかりだった。

          【詩】再会の散文詩

          【詩】カフスボタンの散文詩

          初老男性のカフスボタンの四角はそれぞれが丸みを帯びているが誇らしい艶やかさをもち併せていた。 式典に出席するたびに言祝がれるいたわりが手指を通じてボタンに届いたせいだろう。 青地に白のくり抜き線がかすんで見えるのもかえって優美だからいっそう撫でたくなるのも無理はない。 シャツの袖口でひそやかに輝ける光をじゅうぶんに宿していた。

          【詩】カフスボタンの散文詩

          【詩】草原

          思い思いに草を食む反芻動物が緑の海に飽いた頃、列車の過ぎゆく音が立ち上った 草原を切り分けるかに見える鈍色の函が遠近をかき混ぜるようにして直ちににとどまる 胸から脚にかけてしなやかに流れ出る筋肉はこちらが後ろ暗くなるほどに草原を瞬く間に滑り出したから、自然、列車の色味に近づいていった

          【詩】瞬き

          目覚めのまばたきは鳥たちの飛翔に先んじて爆ぜては消えた 光に乞われるがままに暗がりを脱け出た虹彩の発色はあざやかに空を目指している 群れの羽ばたきに遅れようものならいっそのこと鉄砲水と化して汚辱にまみれるのを厭わなかった 濁りきった涙に濡れる視線が柔らかな羽毛のほつれを手に入れるまで

          【詩】熱源

          祈るように口づけすることでたがい違いにあなたの地と私の図を反転させたかった 重なる唇の形だけが二人の行く末をそれとなく示した夜にひび割れた地平線から朝が舞い込む 遠くから流れ出る光のおおう先には冷ややかな空気が淀んでいた その対流は熱源となるまでわたしたちの抱擁の終わりを待ち続けてくれたのだ

          【詩】真冬日

          周囲の物音まで冷えきってしまう真冬日だった 空に舞うものの輪郭をつかみ損ねてひとしきり考えあぐねていた 雨でも雪でも光でもなくて塵芥ですらない 目を細めていればそれなりに分かることもあるだろうに 降り止まない執拗さが毎朝目覚めてから思う空しさに重なり泣けてきたから始末が悪かった