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放課後の保健室〜歯科保健から見えたつながり続けることの重要性〜
今回は、過去に実施した中学校の放課後、保健室で関わった中学生の歯科保健相談を通して、地域に必要なものは何かについて考えてみたいと思います。
養護教諭の先生から依頼があり、地域の歯科衛生士として気になる生徒の相談に対応しました。
対象となる生徒は、歯科健診後に受診を勧められてもなかなか歯科受診につながらないケースがほとんどでした。
中には、保健室で養護教諭に直接相談を持ちかけた生徒もいました。
放課後の保健室では、先生方と養護教諭が生徒の部活動の調整などを行いながら、相談が進められました。
窓から温かい西日が差し込み、和やかな雰囲気の中で、5名ほどの生徒と約1時間を共に過ごしました。
歯科相談票を作成し、生徒には心配なことを直接書いてもらいました。
そのうえで、個別にデンタルフロスの使い方や歯のみがき方を練習しました。
生徒からの主な相談内容は、歯並びやむし歯、そして「歯医者に行けない」という悩みでした。
歯医者に行けない理由として多かったのは「お金がないから」 特に女子生徒の中には、歯並びが気になり治したいと思っている子もいました。
こうした状況の生徒は、約5人に1人の割合でいました。
自治体の補助制度には、一定以下の所得世帯を対象に医療費が無料になるものもありました。
しかし、その制度を利用していない生徒や、対象にはならないものの体操着や文房具などを十分に揃えられないと話す生徒もいました。
また、歯並びを治すための矯正治療は保険外診療となるため、高額な費用がかかります。
女子生徒の中には、思春期を迎え、前歯にむし歯があるにもかかわらず歯科医院へ行けない子がいました。
本当は歯並びも治したいと思っているのです。
そんな思いを抱えながらも、悩みつつ、親ではない「私」に打ち明けてくれました。
私にできることは、生徒の話を聞き、その思いを共有すること。
家庭への相談票にコメントを書き、保護者へ伝えること。
制度の利用について、養護教諭の先生を通じて情報を共有し、福祉の担当者や医療職に持ち帰って何ができるのかを考えること。
こうした関わりを通じて、歯や口というプライベートな部分から、生徒の悩みや思いを知ることができました。
私は、地域で何ができるのかを考えました。
中学生は勉強、塾、習い事、部活動、友達との付き合いなど、忙しい日々を過ごしています。
そして、思春期という多感な時期にいます。
そのような時期に、学校や家庭、塾や習い事などの環境以外で話せる場所が必要だと思います。
不登校やいじめなどの問題も、プライベートな悩みや相談を打ち明けられる場所があれば、困っていることを早期に話せるようになり、安心で安全な第三者の存在が重要だと感じます。
また、その子やその子の家族が悪いのだと責められることなく、その思いを代弁することも必要です。
さらに、歯科医師会などとの連携を通じて、長期的な予防活動を全ての住民に推進することも大切です。
学校、教育委員会、歯科医師会、首長部局の子育てや保健、福祉部門との連携、そして、最も大切なのは児童生徒とその保護者が参加することです。
自分のこととして、自分のことを私抜きでああだこうだ勝手に言わないで
私たちがどうしたいのか、どうなりたいのか、どうして欲しいのか一番知っているのは私、やるのは私。
たけど、一人ではできない。 少し支えてもらいたい。
細くていいから、ずっと私たちは支えて欲しい。
つながりの中で、安心して私たちは成長していきたい。
そんな思いが聞こえます。
妊産婦期から幼児期までは首長部局、その後は教育委員会部局、そのような都合で関りが切れるのではなく、生まれてからずっとつながり続けること。
必要なことは、生まれてからずっとつながり続けられることです。
学校はトップダウンだとものごとが進みやすい。
だけど、実は本当に必要なのは、私が主になること。
私は、学校という組織の中にいるけど、まるで児童や生徒という役割のようなものを持っているかのよう。
だけど、
その役割を演じなくても、大切にされる場所であること。
その場所を作るために、大人たちは、地域を拠点に連携することが必要だと感じます。
今回紹介したように、養護教諭から保健の発信が出発点となる場合でも、最も大切なのは子どもを中心にした連携です。
ボトムアップからしか作れない場所があります。
それは、それぞれの持ち場の仕事をやっていないと、責任をもってやっていないと、叶わないことです。
連携するためには、互いを尊重しその専門性を尊敬し信頼するところからしか始まりません。
その第一歩として、子どもからの小さな発信に「気がつく」ことや「気にかける」ケアが重要であると、私は実感しています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
私が目指しているのは孤立のない共生社会の実現です。