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誰に話しても、怖い…と顔を蒼くし、笑っているのは僕だけだ

大学時代、京都の白川沿いを三条から四条に向けてチャリで下っていた。
このあたりは道も狭く、歩道などない。

突然、前を走っていた乗用車が停まり、急バック。
よける時間などなく、とっさに横に大きく跳ね降りた。

ドーン!

わが身は無事だったが、チャリは前輪が大きく変形。
僕は跳ねた勢いで車の後扉をたたき、あらん限りの罵声を浴びせた。
「何してくれんねん、このクソボケが!」

スーッと開いた窓の中には一目でその筋と分かる人たち。
マズいと思ったが、引くに引けない。
「ぜぜぜ、前輪ペチャンコやろ! え、えぇ加減にせいや!」

窓から手が伸びる…ヤバい、ハジキかドスか?
「すまん、これで堪忍」
ん? 5000円! その筋に勝った!

チャリを修理に出したが、前輪交換が5000円で済むはずがない。
勝ったと思ったこの勝負、負けだった。

***

翌年、友人と原付で琵琶湖ツーリングを楽しんだ。
その帰り、三条京阪の交差点へ。

ドーン!

青信号の交差点で、夕闇に潜む黒塗りタクシーが停まっていたのだ。
後ろから突っ込んでトランクに激しく顎をぶつけ、腫れ上がる。

第一目撃者は、赤信号側の先頭に停まっていたパトカーだった。
順に事情を聞かれる当事者の中になぜかタクシーの客も混じっている。
「支払しようと前かがみのとこに後ろから来はったさかいな。むちうちや」
見るからにその筋の人だった。

翌日、タクシー会社から電話が入る。
「休業補償は学生さんやから勘弁したるけど修理代10万はもらうさかいな」

その筋の乗客に電話してみた。
――昨日は申し訳ありません。その後いかがですか?
「あぁ、病院行ったらやっぱり重症のむちうちや。5万いるわ」
――まずは診断書を取ってもらえますか?
「なんやと? このクソガキ! 下手に出たらえぇ気になりやがって! 診断書? ふざけんな!」

目の前が一気に暗くなる。
でも、これは後に振り返ったら絶対笑い話!と自分に言い聞かせて冷静に乗り切るしかない。

翌日、待合せの近鉄・東寺駅に向かう。
現れたその人の首には、重症なのにコルセットどころか湿布すらない。
近くの喫茶店で臨んだ面談は、断片的にしか覚えていない。

差し出したもの
・悔しいけど5万
もらったもの
・「痛み引かんかったら追加請求するで」の紙切れ
・「ワシの店で身体で払うか?」の提案
・「居合道の時は半眼の方が視界広がる、仏像が半眼なんは世の中広う見渡すためや」のアドバイス

なぜ居合道の話が出たかは忘れたが、1時間に及ぶ面談の中でだんだん気に入られ、最後はにこやかな談笑に。
その後、その人が僕に関わってくることはなかった。

この難局を乗り切れたのは、今に呑み込まれず、ずっと先の笑い話が欲しくて事態を客観視できたからだろう。
でも誰に話しても、怖い…と顔を蒼くし、笑っているのは僕だけだ。

***

昨日、僕の記事に「マイナスに思える出来事の方が、のちのち笑えるネタに姿を変えたりするもんです」と高遠菜萌さんがコメントをくださった。
そう聞いて、京都のその筋のこの2件を思い出さないはずがない。
高遠菜萌さんに感謝だ。

(2021/11/10記)

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へんいち
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