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'ブラック企業'は差別用語か?

「ブラック企業を撲滅せよ!労働力を使い捨てにするな!」という声を今年もたくさん見聞きした。 'ブラック企業'とは過酷な労働環境下での労働を強いる企業を指す言葉として様々なシーンで登場するのが当たり前となってきている。

(参考)'ブラック企業'の定義
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/244307/meaning/m0u/

それに対して「黒・ブラック という色にイメージをのせるのは、差別的である。」という反論がついてくるのも常のように感じる。

後者は国際的な感性に配慮された方のご意見、black/whiteの単語の間に埋められないものがあることを訴えているのだと思う。blackではなく、darkという単語を用いるのが国際感覚に見合うものという指摘も拝読した。

【ジーニアス英和辞典】によれば
≪black≫
1 黒い 黒色の
2 黒人の
3 真っ暗な
4 〈コーヒーが〉ブラックの
5 汚れた
6 不吉な

≪white≫
1 白い 白色の
2 白人の
3 青ざめた
4 白髪の
5〈コーヒーが〉ミルク入りの
6 信頼できる 公正な 立派な

確かに肌の色を示すと同時に、善悪のイメージがセットでついてくる。
だからこそ、an African-Americanという呼び方が世界標準になっている。

キング牧師の歴史的な演説
''I have a dream.'' に代表されるように
人種差別への長い抵抗の歴史があってこそ。

では日本人の色への感覚はどうだろう。

【広辞苑】によれば
≪黒≫
1 色の名
2 囲碁で黒石の略
3 有罪

≪白≫
1 雪のような色
2 何も書いたり加工したりしてないこと
3 囲碁で白石の略
4 無罪 潔白

≪白黒≫
(中略)
3 よしあし 是非 無罪か有罪か

島国日本では肌の違いを想定していなかった歴史が長く、色への鈍感さは否めない。
サッカーの'イエローカード'に「黄色人種への差別だ!」という声も私は聞いたことがない。

私見だが、確かに'ブラック企業'という言葉が好ましいベストの表現とは言い難いとは思う。だが、往々にして言葉を言い換えることによって最初に意味しようとしていたものが伝わりにくくなる現象が起きていることにも、いくらかの抵抗感を感じている。

例えば、≪ホワイトカラーエグゼンプション/高度プロフェッショナル制度≫も巧みな言い換えによって本質がうやむやにされた感がないだろうか。奇しくもここにも色のついた言葉が。

私が1番危惧するのは'ブラック企業'という呼び名を不適切と主張する側に、労働者1人1人の血と汗と涙が見えているだろうかというところだ。言葉をキレイに正したところで満足していませんか?高みの見物ではキレイゴトどまり。いまこの国で現実に起きている悲劇と向き合う覚悟がおありかと問いたい。

一部の富める者が労働者から搾取していく社会構造を直視して、救える人生は救うことを訴えていくことが肝要に思う。どれだけ取り戻せるかどうか、もはやわからないのだが諦めたくはない。

私は行動のあとに、言葉はついてくると思う。

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