柿澤勇人版『ハムレット』の魅力~配信を観ての感想
品位があって瑞々しく、繊細で内省的かと思えば、露悪的に振舞って暴発も見せ、知性と理性に優れているのに、どこか危うい…
そんな、魅力溢れるハムレット像に出会いました。
現代日本でシェイクスピア劇の第一人者というべき俳優・吉田鋼太郎さんが芸術監督を務める彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』(今年5月から6月にかけて、さいたま市他で上演)です。
生観劇ではなく、今夜まで10日間程の期間限定配信で拝見したのですが、生き生きとした舞台に、心動かされました。
(以下、敬称略)
主なキャストはこのような顔ぶれです。
柿澤勇人・・・ハムレット
北 香那・・・オフィーリア
白洲 迅・・・ホレーシオ
渡部豪太・・・レアティーズ
豊田裕大・・・フォーティンブラス ほか
正名僕蔵・・・ポローニアス ほか
高橋ひとみ・・・ガートルード
吉田鋼太郎・・・クローディアス/亡霊
柿澤勇人、吉田鋼太郎、高橋ひとみの3名以外の方は、あまりよく知らない役者さんばかりだったのですが、総じてよいカンパニーでした。
小田島雄志の訳を基本に、吉田鋼太郎が上演台本・演出を手掛けた今公演、台本はおそらく原作にほぼ忠実(大昔に読んだのみで記憶は朧ですが…)、セットも衣装もシンプルで、外連味のない「質で勝負」という感のある舞台に仕上がっています。
ただ一点、ひっかかったことが。
エンディングで ハムレットの亡骸の周囲に、オフィーリアが「狂乱の場」で撒き散らしたミモザの黄色い花束が落ちてくる という演出。おそらく、第一シリーズを手掛けた大いなる先達、故・蜷川幸雄へのオマージュかとは思われるのですが、ここまで精緻に紡がれてきた「今公演の作品世界」からすると、バサッバサッと音を立てて花束が降る絵面に、私はどうも違和感を禁じえなくて…。
とはいえ全体としては素直に楽しめて、質の高い『ハムレット』です。
狂気を装うハムレットが片足だけにはく汚れた靴下の黄色、「狂乱の場」のオフィーリアの衣装と彼女が持つミモザの花束の黄色も、モノトーン主体の舞台にあって印象深い、鮮やかな色使いでした。
そうそう、「狂乱の場」のオフィーリアといえば、歌も踊り(バレエと民族舞踊が混じったような振付が面白い)も、狂気ゆえの異様な儚さとパワーとが同居していて、観る者を惹き付けます!
シェイクスピア劇の台詞は詩的ゆえ、ともすると、修辞技法が過多だとか、自己弁明或いは逆に自己陶酔が目立ったり、言葉遊びがしつこかったりと、お芝居に没入しにくいきらいがありますが、そうした部分が、今回はあまり気になりません。
柿澤勇人や、吉田鋼太郎を始めとする主な役者陣の技量、特に台詞の抑揚、強弱のつけ方や間の取り方が、とてもよかったです。
特にハムレット役には、あまりにも有名な
「弱きもの、汝の名は女なり」(坪内逍遥訳)
「心弱きもの、お前の名は女」(小田島雄志訳)
とか
「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」(出所は不明確だが有名な訳)
「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」(小田島雄志訳)
といった台詞がありますが、これらは意外にも比較的さらっと流れていき
チラシにピックアップされた
「いまの世の中は関節がはずれている
それを正すべく、おれはこの世に生を受けたのだ!」
とか、イギリスに旅立つ際にフォーティンブラスの率いる軍隊と行き会った場面の独白のいくつかの言葉
「真の偉大さとは何か…」
などが印象に残ったことを特筆しておきたい。
また、配信の購入特典として一部画像(とはいえ相当な分量)が公開された柿澤勇人の台本にも目を瞠りました。
書き込み ~それも筆圧がすごく強い~ がびっしり!
並々ならぬ覚悟でこの『ハムレット』に臨んでいたことが伝わってきます。
仄聞したところでは凄絶だったらしい役作りの過程を垣間見せてもらって、お得感満載の特典でした。
コロナ禍以来すっかり定着した、舞台芸術などの配信。
ライヴに勝るものはないとはいえ、配信には配信の良さがありますよね。
今後も積極的に配信を楽しんでいきたいと思います。