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塩野七生原作の宝塚作品「チェーザレ・ボルジア」を勝手に手直ししてみた

ふ~。
長年の宿題をやっと片づけた気分です。
1996年に観劇し、「原作が塩野先生だし題材はとっても魅力的なのに、舞台作品としては、どうもイマイチだなあ」と残念に思っていた宝塚歌劇団のミュージカル作品『チェーザレ・ボルジア ~野望の軌跡~』。
素人ながら、無謀にも手直しを試みました。
宝塚歌劇団の座付き作家・柴田侑宏先生の脚本をベースに、その原作である塩野七生初の書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』を再読した上で、リミックスしてみたものです。

※NHKで舞台中継されたときのクレジット表記を確認したところ、「原作」ではなく「参考文献」となっていましたが、公式のクレジットはともかく、実質的には原作といっていいと思われます。

幕開き以外、物語展開の枠組はさほど変更していませんが、セリフはかなり新しくしています。歌については、歌詞までは考えられなかったので、大意を【 】内に書きこみました。

『チェーザレ・ボルジア ~野望の軌跡』に主演した、当時の宝塚歌劇団・月組トップスター久世星佳さんが、宝塚時代の曲を楽しい演出で再生させた10月のディナーショーがきっかけで、再び手直し欲が頭をもたげて、半端に放ってあった「自己流手直し」をついに完成させたというわけです。
柴田先生が既に故人になられていることもあり、思い切ってアップします。

長いですが、興味を持ってくださった方に読んでいただけたら嬉しいです。


☆ チェーザレ・ボルジア ~皇帝か無か~

<主な登場人物>
チェーザレ・ボルジア:法王の息子で枢機卿から軍人に転身する
ルクレツィア:チェーザレの妹
マキャヴェリ:フィレンツェの外交官、後に『君主論』を著す
ルイ12世:フランス国王
ドン・ミケロット:チェーザレの副官
法王アレッサンドロ6世:チェーザレの父
ヴァノッツァ:法王の愛人で、チェーザレの母
ビシュリエ公:ルクレツィアの2番目の夫、ナポリ出身
ホフレ:チェーザレの弟
サンチャ:ホフレの妻でビシュリエの妹
カテリーナ:イーモラの女領主
レオナルド・ダ・ヴィンチ:ルネサンス期を代表する万能の天才
アンヌ:ルイ12世の妃
アルフォンソ:ルクレツィアの3番目の夫、エステ公
ローヴェレ:ボルジア家と敵対している枢機卿
アガピート:チェーザレの秘書官
シャルロット:チェーザレの妻

<プロローグ> 
 開演5分前から別緞帳(15世紀末のイタリア地図が描かれた紗幕)
 開演アナウンスとともに客電落ちる
 短く激しい前奏に続いて静かに照明が入り、紗幕が透けていく(国境の輪郭ラインが黒く浮き出る)
 舞台にシルエットのチェーザレが浮かび上がる(シンプルな衣装)
 イタリア地図の前を行ったり来たりするチェーザレに声がかぶさる

チェーザレ(声) わがボルジアのローマ法王領は、この半島のほんの一部に過ぎん。南にはナポリ、北にはヴェネチア、ミラノ、フィレンツェ。 そしてフランス、スペインも、隙あらば領土を広げようと窺っている。

 独白の終わりの方で紗幕が上がる
 チェーザレ、ゆっくり剣を抜き、地図に向き直る

チェーザレ 先のフランス王、シャルル8世がイタリアに侵攻したあの時。ほんの2週間で首尾よく脱走してみせたとはいえ、一時はフランス王の人質にとられた屈辱を、私は決して忘れはしない。強いイタリアをつくらねば。皇帝か無か。剣よ、私に力を与えたまえ!

 振りむきざま、照明入り、主題歌を歌い上げる
『皇帝か無か』【自分の名前の由来が古代ローマの英雄シーザー(ラテン語のカエサルのイタリア語読みがチェーザレ)であることなど】
 銀橋を通る間に幕が閉まる
 下手端で剣をかざすポーズで歌終わり、照明フェイドアウト

<第一場 砕けた野望>
 幕に年号が映し出される「1503年」
 舞台前方で市民の会話(ローマ市街)

市民1 おい、法王親子がそこのコルネートの別荘に入ったってさ。
市民2 へえ、ヴァレンティーノ公爵が来てるんだ。怖いような美形だってもっぱらの評判じゃないか。見てみたかったな。
市民3 飛ぶ鳥を落とす勢いのロマーニャの若き領主に、後ろ盾の法王か。全く、いつも精力的な親子だな。
市民4 次の攻略目標について密談ってところかね。
市民5 大変だ ! 法王が急病で倒れたらしいぞ。

 どよめきながら市民たち退場(その動きにかぶせて)

医師(声) 恐れ多いことながら、法王様はお亡くなりになりました。近頃流行っている悪性の伝染病ではないかと。
チェーザレ(声) 父上! ああ、まだ早い!

 衝撃音 

チェーザレ(声) 後3年…いやせめて2年あれば、半島の統一に手が届くはずだった。教会軍を率いて、イタリア王国を創る。そのために私は全てを賭けてきたのだ。5年前、教会の枢機卿職を投げうったあの日から。

<第二場 緋の衣と剣>
 幕に年号「1498年」
 幕が開くとヴァチカンの礼拝堂で厳かに礼拝が行われている
 チェーザレが枢機卿を辞任し還俗すると宣言し、参加者たちは驚きの声

法王 チェーザレ、それは生涯の栄誉が保証された地位を捨てるということだぞ。本当によいのだな。
チェーザレ はい。
法王 よろしい。では、還俗の儀式を行うとしよう。

 チェーザレと法王は不敵な目配せを交わして退場
 幕前でマキャヴェリと各国外交官、聖職者のやりとりと歌『噂』【法王とチェーザレの真意は何なのかを巡り、各国外交官の駆け引きと聖職者たちの思惑】

チェーザレ(声) (歌の終わりにかぶせて)何とでも言わせておけ。私は、自分の前に大きく開けた可能性への期待に胸を膨らませていた。

 この間に外交官たちは退場(マキャヴェリが残る)

マキャヴェリ 枢機卿の緋の衣を返上したチェーザレ・ボルジアは、教会軍総司令官となり、当時豪族が実質的に支配していて、名ばかりとなっていた法王領を再征服するという名目の下、自らの王国の創立に乗り出しました。われわれ外交官は、「めったにしゃべらない、しかし常に動いている男」と言われた彼の、正に電光石火の行動力に振り回されることになるのです。

<第三場 ボルジア家の面々>
 幕が開き、ボルジア家一同(法王とその愛人、子ども3人とその配偶者)が内輪の食事会の席についている

ヴァノッツァ ビシュリエ公は、チェーザレ同様、狩猟好きでいらっしゃるそうだから、あなた、どうでしょう、この次の集まりは狩りの会にしたら。

 一同、口々に歓声をあげて賛同する

法王 うむ。チェーザレは少し心配なくらい負けず嫌いでな。ビシュリエ公には良きライバル、そして友人になってもらえると有難い。
ビシュリエ (屈託なく)光栄です。チェーザレ殿は剣もお得意だとか。これから何かとご一緒できるのが楽しみです。
チェーザレ(その様子をじっと値踏みするように)こちらこそ宜しく。気の置けない友人なら歓迎しますよ。

 子どもたちが母親に贈る誕生祝いが邸に着いたのをきっかけに、一同退場
 チェーザレと法王が残り、チェーザレのフランス行きの背景が語られる
 幕が閉まり、下手前に出た法王にスポット

法王 (出発する息子を見送って)チェーザレ、お前はボルジア家の剣だ。存分にその力を振るえるよう、私が盤石の備えをしてやろう。

 幕を割って、マントを着けたチェーザレが登場
 配下を従え、主題歌『皇帝か無か』を歌いながら銀橋を渡る

<第四場 野心>
 幕が開くと、a法王一家、b外交官と枢機卿たち、c法王の部下たちが、グループごとに居並び、サスで芝居
 『噂』の曲が流れる中、グループごとの会話でその後の経過が語られる
 チェ-ザレの結婚の報告(c)、ヴァレンティーノ公爵として、フランス国内の領地とフランスからの軍事援助を得たこと(b)、フランスとの接近で危うくなった、ナポリとボルジア家の関係(a)
 上・下の花道のセリより、ルイ12世とチェーザレがそれぞれセリ上がり独白(幕閉まる)      

ルイ この男の目は野望に燃えている。使えそうな駒だが、癇も強そうだ。
チェーザレ 私の計画には、大国からの援助が欠かせない。細心かつ大胆にいかなくては。

 二人、本舞台に進み、冗談めかした会話

ルイ 気分はどうだね、花婿殿。
チェーザレ は、陛下と同様、美しい妻を得て、ますます意気盛んといったところです。

 二人、顔を見合わせて高笑い

ルイ それは結構。では、このたびの契約の内容を改めて確認しよう。

 イタリア地図の幕の前で確認の会話(ボルジアはミラノ公国とナポリ王国を攻略するルイに協力し、ルイはチェーザレのイタリア中部での行動に協力を約束する、との内容)
 銀橋に出て掛合いの歌『食うか食われるか』【政治は駆引き、知恵比べ】に続いて、チェーザレが初陣(イーモラ、フォルリ攻略)の計画を話す
 チェーザレが一人残る

チェーザレ イーモラとフォルリはロマーニャの要だ。まずはここから始めよう。(下手花道から舞台に向かって)ドン・ミケロット、かかれ!
ミケロット(声) はっ!

<第五・六場 初陣>
 幕が開き、ホリゾントいっぱいに戦場シーン(ダンス)
 イーモラの砦で稀代の女傑カテリーナ・スフォルツァと対決、色仕掛けを交えた駆け引きの末に勝利

<第七・八場 優雅なる冷酷>
 ローマ市街:マキャヴェリは本国への報告書を作成、ビシュリエ公が暗殺される(実行役はチェーザレの配下)
 ヴァチカン内:ルクレツィアとサンチャが、ビシュリエ公の死を悲しんでいる
 チェーザレが上手より出てルクレツィアからビシュリエ公の死を告げられ「そうか」とのみ返して去りかけたところに、サンチャが進み出て非難する(チェーザレの弟ホアンも、チェーザレが殺したのではないか)

チェーザレ ホアンは武官としては無能な、ただの洒落者に過ぎなかった。ボルジアの名を地に落とす前に姿を消してくれて、助かったというものじゃないか(毅然と言い放ち、二人の女を冷ややかに一瞥)。ビシュリエ公のことは全く気の毒だったが、法王の威信にかけて、葬儀は盛大に行われますよ。では明日、教会で。

 優雅に一礼し、悠然と下手に入る

<第九場 法王の娘>
 ルクレツィアの3度目の結婚をめぐるやりとり
 各国外交官が法王の考えを探る、ルクレツィアの独白(亡き夫への謝罪、兄への恋心の吐露、歌『一筋の光』【幼いころから、私にとってお兄様こそが一筋の光】、法王の娘としての自覚をもって嫁ぐ決意)、枢機卿・市民・外交官らの反応 
 ダ・ヴィンチがふらりとローマの街中に現れる(仕えるべき新たな君主を求めており、チェーザレに関心を持っている)

<第十場 白い花>
 ルクレツィアの婚礼を控えた舞踏会(客人達に取り囲まれるルクレツィア、盛装した兄妹のデュエットダンス)、兄妹の会話と歌『白い花』【チェーザレがルクレツィアを白い花に例えて慈しむ】
 幕が閉まり、銀橋と花道を使い花嫁行列
 チェーザレは離れて見ているが、途中ですっと姿を消す
 幕前で、行列を見送る法王の独白

法王 不憫なルクレツィアよ、幸せになってくれ。確かに三度目の政略結婚だが、お前の幸福を願う気持ちに偽りはない。お前の兄・チェーザレも同じ思いでアルフォンソを選んだのだ。(思いに沈んで行く)もっとも最近では、我が子ながら、チェーザレが何を考えているのやら、分からなくなることがある。私はあの息子を、心のどこかで恐れながら、しかし深く愛している。
(気を取り直し)我が子どもたちに神の祝福あれ。

<第十一場 布石>
 幕が開き、チェーザレの私室
 地図を見ながらミケロットら部下との会話(ピサの趨勢など)

チェーザレ いがみあってばかりいる国と国との間に上手く入り込む。そこが狙い目さ。
ミケロット 枢機卿をお退めになって、まだ2年ですが、既にローマ法王領とその周辺をほぼ手に入れられました。
チェーザレ これからは攻めるばかりではなく守るのだ。守る。即ち全軍を自分の武力で固め、近隣諸国を友とすることを目指す。私は新しい仕組みの新しい王国を作りたい。
ミケロット その協力者として、レオナルド・ダ・ヴィンチが適任という訳ですね。
チェーザレ そうだ。彼は今何をしている?
アガピート 占領した都市の再整備と防衛計画に取り組んでいます。
チェーザレ 彼が働きやすいよう最大限配慮してやってくれ。私は急がねばならん。父上が睨みをきかせている間に、ロマーニャ一帯をくまなく征服しておかなくては。
アガピート 当面の目標はボローニャ、ウルビーノといったところですか。
ミケロット ボローニャには、フランスも少なからず関心を持っています。いずれルイ12世との対決も避けられませんね。
チェーザレ ああ。少し時間はかかるだろうが、スペインと手を組みたいと考えている。アガピート、目立たぬよう、スペイン王の意向を探ってくれ。
アガピート はい。
ミケロット 自前の国民軍の創設も、大分体制が整ってきました。
アガピート 傭兵隊にとって代わる、新しい徴兵制ですね。
チェーザレ ふむ。傭兵はしょせん金で雇われている連中だ。奴らに頼っているのは危険だからな。よし、今夜はこの辺にしておこう。明朝は早いぞ。

 ウルビーノ攻略の命令(目くらましの為に、兵には目標はカメリーノだと伝えるよう指示)をくだす

<第十二・十三場 青い炎>
 サスでテンポよく、傭兵隊長4人の不安と謀反の兆し、ルイとアンヌ王妃の会話(チェーザレの快進撃を警戒、ルイのチェーザレ評「彼はまるで生き急いでいるように見える。青い炎となって全てを焼き尽くさんばかりだ」) 
 ダ・ヴィンチとマキャヴェリが、幕前でチェーザレの動向について会話

マキャヴェリ 本当に、片時もじっとしていない人ですね。政治では冷静で大胆不敵。闘牛や狩猟になると派手で快活で、時には子どものように無邪気でさえある。かと思うと、社交の場では女性の心を惹き付ける完璧な貴公子振りを発揮してみせる。
ダ・ヴィンチ わしはこの一ヶ月ばかりずっと、公爵のそば近くで見てきたが、全く、いつ寝ているのか分からん位だよ。溢れる才気に若さ。鬼に金棒だな。

 銀橋でマキャヴェリの歌『天才と巨人』【「行動の天才」チェーザレと「思考の巨人」ダ・ヴィンチ、二つの傑出した才能が、互いにリスペクトをもって理想の新しい国づくりに邁進している、それを間近で目撃できるのは素晴らしい】
 本舞台では、フェラーラの館にチェーザレがルクレツィアを訪ねてきて、兄妹二人での語らい、チェーザレが愛用のマントを妹に与えて背中から包みこみ、デュエット『白い花』
 幕前で、これからルイのいるミラノに向かうとチェーザレが告げた所に、ルクレツィアの夫・アルフォンソがやってきて、チェーザレの一隊に加わることを決意し、ルクレツィアは喜ぶ

<第十四場 ミラノの仮面劇>
 本舞台でルイと傭兵隊長の会話(チェーザレへの不満をルイに訴える)、銀橋でチェーザレとルイとの駆引き(緊張が走る中、素知らぬ顔で、まるで兄弟のように親しく抱擁)、本舞台上の傭兵隊長は落胆して退場(「とんだ茶番。どっちを向いても仮面をつけた駆け引きか」「一体、どうなっているんだ」
 チェーザレとルイは本舞台に戻る
 アルフォンソ(エステ公)ほか同席者を下がらせ、二人で新協定を交わす

チェーザレ 陛下がナポリを再び攻撃されるときには、私が兵を率いて合流いたしましょう。
ルイ うむ。あなたの方の標的はまずボローニャ、次にフィレンツェ。違うかな。
チェーザレ (シラをきって)フィレンツェ?とんでもない。以前から申し上げているとおり、私はローマ教会軍の総司令官として法王領を掌握すべく戦っているのです。ロマーニャを法王領として固める為に、陛下の精鋭部隊を今一度お借りしたいというだけですよ。
ルイ (やや間があって)ふむ、まあいい。ボローニャに対する軍事行動はまず認めるとしよう。ではあちらでエステ公とワインでも。あなたのお好みのスペイン産も用意していますよ。
チェーザレ これは恐縮。(従者に導かれて退場)
ルイ (独白)チェーザレ・ボルジア。どうも目障りになってきたが、敵に回すとなると厄介な相手だ。

<第十五場 異変>
 イーモラ市街:町の男女や外交官のコーラス『噂』と会話で、ボローニャ攻撃の準備状況、建築土木の総監督ダ・ヴィンチの活躍、チェーザレによる新しい統治策の浸透が語られる
 法王からチェーザレにあてた手紙を持った使者が街中で倒れ、傭兵隊長の叛乱が明らかになる
 衝撃的な音楽

<第十六・十七場 報復>
 イーモラ砦内チェーザレの執務室
 戦況不利を報告する部下たちの声が響き、盆が回る中央ではチェーザレが行ったり来たりしながら考えを巡らせている
 上手端でチェーザレの秘書官アガピートがマキャヴェリに向かって述懐

アガピート 見たまえ、公爵はああして歩いておられる。あのように公爵がゆっくり歩いている間は、我々は休んでいられる。だがそれも、そう長い間ではない。公爵が歩みを止めた時、我々家臣の方が、今度は歩くどころか、走るというわけだよ。

 チェーザレが戦況を分析する歌『時を待て』【フランス・ヴェネツィア・フィレンツェ各々への布石、反乱軍の一角を突き崩す謀略…打てる手は全て打った。後は時が熟すのを待つだけ。】

チェーザレ あらゆることに気を配りながら、私は自分の「時」が来るのを待っている

 マキャヴェリに再度スポットが当たり、客席に向かって語る

マキャヴェリ チェーザレは、危機の最中にあっても驚くほど冷静でした。具体的な策は漏らしませんでしたが、彼の中では、すでに報復のシナリオが出来上がっている様子です。
チェーザレ 反乱軍の奴らは、秩序にも意志にも欠ける烏合の衆さ。

 マキャヴェリ退場
 チェーザレの声と共に報復の想定場面が進行し傭兵隊長は捕らえられる
 厳しい表情のチェーザレに絞りながら、照明フェイドアウト
 密偵たちと話しながら花道から出てくるマキャヴェリに、声がかぶさる

マキャヴェリ(声) 見事な鎮圧でしたね。
チェーザレ(声) イタリアの不和の源を滅ぼしたのだ。
マキャヴェリ(声) イタリア?
チェーザレ(声) そうだ、イタリアだ。

 マキャヴェリ、本舞台手前で密偵たちと別れ、客席に向かって独白

マキャヴェリ フィレンツェ人、ミラノ人、ローマ人はいても、イタリア人という概念はほとんど無かったこの時代に、この人はイタリアという大きなスケールで物事を考えている。私はすっかり圧倒されていました。
 裏切り者の処分を終えると、チェーザレは、人々の畏怖と歓呼の嵐の中をローマへと凱旋します。彼のモットー「皇帝か無か」の文字を染めた軍旗を誇らかに掲げて。

 凱旋するチェーザレ一行が、『皇帝か無か』の音楽にのり、上手花道から銀橋を通り、下手袖へと進む。

<第十八・十九場 最後の晩餐>
 ローマ市街:各国外交官や市民たちが花道から銀橋を通って、コルネートの別荘への法王親子来訪についての噂(第一場冒頭の会話が繰り返される)
紗幕の向こうにコルネートの別荘の食卓

市民女1 それにしても、この夏は、毎日ひどく暑いわね。また悪い病気が流行ったりしなきゃいいけど。
市民男1 縁起でもないことを言うなよ。
市民女2 でも疫病が大流行する時って、決まってこんな陽気じゃないか。  市民男2 ゾッとしないな。早いとこ、家に帰ろうぜ。

 紗幕が開き、別荘内で晩餐会が開かれている
 和やかな談笑の最中、法王が急に倒れ、チェーザレも体の異常を感じる
 医師が法王は悪性の伝染病により死亡したと宣告、人々の驚き、効果音
 チェーザレを残して暗転

チェーザレ 父上、まだ早い! ああ、まだ早い!

 絶叫に続き歌『まだ早い』
 無念の表情を見せてセリ下がり、そこに声がかぶさる

チェーザレ(声) 父の死ぬときに起こりうるすべてを、私は以前から考えていた。方策も見つけていた。しかし、父の死のときに、自分もまた生死の境にいるなどとは、考えもしなかった。

<第二十場 挽歌>
『食うか食われるか』が短調アレンジで流れ、マキャヴェリほか、主だった登場人物のサスでの独白により、チェーザレ没落の経過が語られる

マキャヴェリ ボルジア親子を襲った突然の病。誰も予期しなかった出来事でした。父法王の死後、衰弱しきったチェーザレが持ち前の明晰な判断力を取り戻せないうちに事態は急展開し、彼の打つ手はすべて裏目に出ました。特に大きかったのは、新しい法王の選出に際し、戦略的に立ち回れなかったことです。
ローヴェレ 実際に新法王となるまでは、重病の床についているとは言え、やはり、ボルジアの息子の力は侮れなかった。だがもう遠慮は無用だ。あの若造を捕らえて、息の根を止めてやる。
ルイ ヴァレンティーノ公爵は、我がフランスを裏切って、スペインと連合しようと秘かに準備していた。そんな彼に今さら援助の手を差し伸べるはずはないだろう。
マキャヴェリ ボルジアの宿敵ローヴェレ枢機卿が新しい法王の座についたこと、そしてフランスとスペインがともに、確実な味方ではないチェーザレよりも、新法王に恩を売る方を選んだこと。
 これが破格の俊英チェーザレを、滅びの道へと追いやっていったのです。ルクレツィアや妻のシャーロット、スペイン人の枢機卿など、親しい人々による熱心な働きかけも虚しく、囚われの身となったチェーザレは一向に釈放されませんでした。
ミケロット 我々側近の士官は、公爵に忠誠を誓って各々奮戦しましたが、無念にも捕らえられ身動きが取れませんでした。一方、スペイン奥地に幽閉されていた公爵は、命がけの脱出を図ります。
チェーザレ (やつれてはいるが誇らかに自由宣言の手紙を読み上げる)多くの苦難の末、神はこのヴァレンティーノ公爵チェーザレ・ボルジアを捕囚の身から解き放ち、自由を与えるよう決心された。現在、私はここナヴァーラ王国に、妻の兄である国王夫妻と共にいる。
ヴァノッツァ 無事の便りに大喜びしたのも束の間でした。再起を期して、血気にはやったあの子は、ナヴァーラとスペインの戦いに加わり、劣勢にも関わらず、敵の軍勢の只中へと突っ込んでいったのです。たった一騎、敵に取り囲まれ、名もない雑兵の槍があの子の胸に…(泣き崩れる)

 舞台中央のセリが上がってスモークがたかれ、戦場のシーン
 敵兵の槍がチェーザレの体を貫いた瞬間、照明が赤く変わり、チェーザレは倒れてセリ下がる
 マキャヴェリが下手前へ進み出る

マキャヴェリ かくて、暁の光の中に31歳の若い命は果てました(十字を切る)。倫理を問われる次元を突き抜けた境地を、強い意志と合目的性だけを恃みに敢然と駆け抜けたルネサンスの申し子、チェーザレ・ボルジアは、その活動の絶頂で運命から見放されてしまったのです。

 マキャヴェリが挽歌を捧げる 『ルネサンスの申し子』【イタリアを混迷から救うべく、神が地上に送った天才はルネサンスの申し子。だが、天から射したその光は、今消え去った】

<エピローグ>
 前景の歌を途中から引き取って、上手奥よりルクレツィア前に出て歌う。『一筋の光』
ルクレツィア (兄から贈られたマントを抱きしめ嘆く)チェーザレ、ああチェーザレ、私の光…
 『皇帝か無か』
の前奏が入り、逆光を浴びて軍装のチェーザレが、奥よりセリ上がる

ルクレツィア お兄様!

 手を差し伸べるルクレツィアにスポットが絞られ、フェイドアウト
 中央セリ上のチェーザレにスポットがあたり、主題歌『皇帝か無か』
 剣を捧げるポーズが決まる時、音楽盛り上がって幕

<終>



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