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トトノウを体験したい。 《克服編》私は悟空。

空前のサウナブームが、
我が社に旋風を巻き起こしている。
口を開けばサウナ。
夜勤明けはサウナ。連休も、サウナ。

”どこのサウナ行きました報告会”

が各所定例化しており、
通りすがりのスタッフに、
「おつかれサウナ」
と自然に言ってしまうほどだ。

サウナサウナサウナ…
時々、よもぎ蒸し、またはサウナ。
会話は、ほぼ、サウナだ。

一瞬だけ、岩盤浴ブームも到来したが、
やはりサウナに流行は押し戻された。
勢いがある。


サ活には、各自拠点があり、行動エリア同士の合流点につながる時のみ、共に行動するというルールらしきものがあった。

馴れ合わない、という点に、好印象を受ける。
自身の拠点と、行動エリアを出ない範囲で、かつ、メリットのある時のみ、他人と行動する。
真のサウナ好きの変態の集まりだった。

サウナの何がいいのかインタビューしてみる。
介護士のアヤカ様は、
円形のバランスがすこぶる悪い回転椅子に座り、足を組み直す。
顎をくいっと下げ、
右手にはボールペンを持ってくるくるとふり回す。
それは巻紙のタバコを模しているのか、
鞭を模しているのかは定まらない女王様だ。

「失神寸前が良いの。それがいいの。」
色気のある女はいうことが違う。
豊満な乳房をみつめながら、
私はずっと彼女の裸を想像する。
「ちなみにいつから?」

「最近よ。すすめられたからね、お師匠様に」

ことん。
とデスクにボールペンを置く。
ただのボールペンだった様だ。

「eri、お疲れサウナ」

サトちゃんは、時々ガチ怖の怪談話をしてくる、
同じ年齢の介護福祉士である。

「ねね、サトちゃんさ、サウナいつから行ってる?」私はサトちゃんをとっ捕まえる。

「あー、お師匠様に連れてかれてから、かな?
天竺につながるのよ、サウナは。」
サトちゃんは、髭をじょりじょり触りながら
遠くを眺めている。

サウナの発信源は誰なのだろうと、マーケティングを続けていると、どうやら、サウナのお師匠様がいるようだ。だいたいの検討はついてきた。

「あ、eriかえろ。」

彼の、挨拶は、”帰ろう”だ。
すこぶる仕事はできる優秀なナースの
戸塚くんである。
いつだって、帰りたい症候群の男で、
”だる””帰る”を頻発する、心優しき男だ。

「うん。帰る。でさ、君はお師匠様なのかな?」
思い切って聞いてみる。

「お師匠?
あー、
その類よりお付きのものの
方が向いてるとは思うけど、
どうして?」

例に倣って聞いてみる。
あなたにとってサウナとは?と。

「あ、心が病んでた時に通ってたんだよ。
自分の声もかき消すことができる空間、かな。
eriはサウナ好き?」

お師匠様みーつけた
こういう、普通の仮面をかぶっている人間が、
大抵は組織を牛耳っている。

なぜ、彼はお師匠様と拝められているのだろう。


遠くでアレクサが、「今は午後ですか」と女王に質問し、「黙れ」と言われているのが聞こえる。
私の心はざわざわした。

私は、サウナは行ってみたけど、苦手だったことを、お師匠様に打ち明けた。圧倒的に閉所が苦手なのだ。ただ、あまりのサウナブームに、若干羨ましさがあることを素直に話す。

「何かのトラウマなんだろうね。
きっと、eriに合うサウナはあるはずだよ。
”狭い”を紐解いていくと、大きな窓が四方にあったり、隙間が開いていたり、対面に人がいないこと、外部と遮断が決定的でなければ、eriの閉所の定義からは外れていくようだね。
そしたら、横浜のSKYSPAをお勧めするよ。
サウナシュランにも選ばれているし、大きな窓があって絶景だ。気分が塞ぎ込んでいたら、サウナシアターに行くと良い、程よい距離感のアウフグースは、みんなで汗をかくんだよ。あまり詳しくは言わないけど、きっと、eriの頭の輪っかも外れることだろうよ」

私は孫悟空。
緊箍児(きんこじ)を外すために、
SKYSPAに行くことにした。

横浜駅東口すぐ。地上14階の天空スパ。
サウナイキタイでは、
神奈川県の中で堂々の第一位に選ばれている。
一般入浴は、2450円。
外観にくらべ、中は古い旅館の様な受付の割にスーツケースを持つ客でごった返している。
宿泊もできるらしい。

館内着とバスタオルの入るバッグをもらい、
更衣室の扉の前に立つと、
異様に感度がよく、ビクッとする。

服を脱ぎ、浴室に入ると景色の見えるジャグジーや、横たわりながら入浴が楽しめる「寝湯」、ひろめのバスと、炭酸カルシウム温泉、お湯がお尻からちょろちょろと出るウォームチェアが設置されている。

体を洗い、深呼吸し、ドライサウナに入る。
少し動悸はするものの、檜の良い香りと、大きな窓があり、その目の前に座る。
横浜の街並みを独り占めする。
私は横浜の景色が大好きだ。


あ。気持ちいいかも。


息苦しくなる様な暑さはではなく、
むしろ爽やか。

サウナストーブは
入ってすぐの位置に二つ設置されている。
熱感がちょうどいい。苦しくなったら出ようと、気負わず座ることにした。
温度は約81度だという。

ぱっと、腕を見ると玉のような汗がいくつも溢れている。

シャンパンだ。

サウナーの中では、
この様な玉の汗を”シャンパン”と呼ぶらしい。
溢れるくらいの汗。

地上14階。私は、今汗をかくためだけにここにいる。暑さのせいだろう。余計なことは一切考えられない。

自分の声もかき消す…。
お師匠様の声が浮かんだ。
私は、毎日自分の声に
苦しめられていたのかもしれない。

時々扉を確認するが、
絶えず人が出入りしていることで、
外界との繋がりを感じる。

大丈夫、いざとなったら出れば良い。
思ったより、ストレスを感じないままに、
無の時間を過ごした。

どこにいても、考え事はするものだ。
大抵は似た様な同じ様な、どんよりとした内容は、頭の中から熱波と共に消えていく。

水風呂も、勇気を出して入ってみる。
私はお得意のバンザイで入水する。
全身にゾワゾワとする快感が走り抜けた。
だんだんと体がポカポカとする。
不思議だ。
水温16度。

私は多分、サウナーになれる。
そんな予感がした。

15階、男女共用のサウナシアターでは、懐かしいメロディと、ノリの良い爽やかなお兄さんが、アウフグース(バスタオルで仰いでくれる)と、数々のアロマを室内全体に広げていく。
効率良く汗がかけるこの掛け合わせは、
天竺への階段を一気に駆け上がる。
ちらりと、お隣のおじさんを覗き見た。
楽しそうに手を叩いて、
みんなで熱波を浴びながら汗だくで
バンザイした。

毎日頭痛に悩まされていた。

私の緊箍児(きんこじ)は、とうとう外れた。


そんな訳で、私はSKYSPAに入り浸っている。
筋斗雲に乗った様に
ふわふわと小躍りをしている細身の女がいたら、
きっとそれは、
Mosquito eriで間違いない。

どうか、そっとしておいて欲しい。

#sauna 克服編




↑#sauna失敗編

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