【感想文】N響&シャルル・デュトワ@NHKホール10.30(前半)
今年の目標「芸術に触れよう2024」も、残すところあと2回。この日はNHK音楽祭と題して、ラヴェル「マ・メール・ロワ」、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」、ストラヴィンスキー「春の祭典」という有名どころのラインナップが演奏された。
1曲目 モーリス・ラヴェル 組曲「マ・メール・ロワ」
この曲はラヴェル(1875―1937)が親友夫妻の子どもたちにプレゼントしたピアノ連弾用の曲で、それがのちに管弦楽用に編曲された。タイトルは「マザー・グース」にもとづく。
バレエ版ではないので今回は全5曲からなる。
他の曲でもそうだが、ラヴェルは、ハープをはじめ、パーカッションを多用する傾向にある。この曲でも、ハープのほか、木琴、タムタム(銅鑼)、シンバルなどの音色が、幻想的な感じを醸し出すのに大いに役立っている。
第3曲「パゴダの女王レドロネット」は、中国製の陶器で作られた人形が主人公の話であるためであろう、木琴のカラカラした音、銅鑼のシャンシャンした音も、中国(もはや東洋風、ではなく、明らかに中国)の香りを存分に表現している。
指揮者は、今年行ったコンサートの中で最年長だろうか、シャルル・デュトワは、ほとんど動かない。素人の私から見たら、クレッシェンドとデクレッシェンドが同じ動きに見えたりもしたのだが。例えば、技術的にこのように演奏しなさい、というのではなく、内側からこのような情緒を出しなさい、という指令のような指揮だと感じた。また、私(デュトワ)の動き一つ一つを見て、自分で考えなさい、とある程度演奏者に判断をゆだねる感じにも見えた。このような印象から、彼の指揮にとても貫禄を感じた。
ラヴェルの曲の中では、終始、ほぼ完ぺきに調和が保たれている曲だ。私は彼の精緻の極みといってもいい代表作「ボレロ」ももちろん好きだが、やはり原点は「ラ・ヴァルス」のような、一筋縄ではいかない、危うい音の運びとひねくれた美しさを備えた曲の方がより好みである。「マ・メール・ロワ」は、曲のみで幻想的な物語・童話の世界を表現し、殊に音で色彩感を出すことに成功した、ラヴェルの優しい人間味を覗くことができる美しい作品だといえる。
2曲目 セルゲイ・ラフマニノフ 「ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18」
ラフマニノフ(1873―1943)による4つのピアノ協奏曲の中でおそらく最も演奏されてきたと思われる曲である。この日のピアノはモスクワ生まれのニコライ・ルガンスキー。
第1楽章。ピアノは最初から踊る。音というより、音符が跳ねるのが見えるようだ。ピアニストを見ているという現実とは違う次元で「視覚化」が私の中で「聴覚」と同時に存在した。
ラフマニノフはこんな和音進行や、和音(一度におさえる打音という意味で)を、どのように考えたのだろう、というくらい、不思議な魅力を持つピアノの進行だ。メロディよりもこの和音進行の方が断然魅力的。
第2楽章。一転してメロディが美しく際立つ。この日はこの第2楽章と、ストラヴィンスキーが聴きたくて取ったチケットであったが、やはり滂沱の涙である。なぜこんなに美しい和音が、こんなに美しい音楽が、世界が、空間があるのだろうか…。宇宙の彼方へと心が飛ばされてゆく感じだ。こんなに完璧な曲があっていいのだろうか。もはやどの楽器のどんな一音ですら書き換えてはならない、というくらいの完璧さに感じる。芸術に完璧なんてないのだろうに、そう言ったのは私自身ではなかったか。私は辻井さんのピアノを聴いた時から、芸術との対峙の仕方が変わったようだ。おそらく、いい意味で。
数十年前、よくこの曲を聴いて、ああ寂しい、死にたくなってしまった、と感じては日記に綴っていた私は今また、涙を流している。死の世界ではなく、それでもやはり、どこか違う世界へいざなわれるような甘美な音楽には変わりない。だが、あの時感じていたのが夕陽の寂しさだとしたら、今感じているのは朝陽の喜びである。生の力強さ溢れる、朝のまぶしさである。
最後の音の下降してくる箇所は、下降してくるのに朝焼けのまぶしさだ。カタルシス(浄化)以外の何ものでもない。最後の一音が消えゆくまで美しく、余韻が残る。
第3楽章。ピアニストは弾き方がかなり速い方のようで、この楽章には合っていた。ピアノを弾くあるいは鍵盤を押さえるというより、叩く、打鍵する、跳びはねる、という感じである。リズムをつけてピアノとともに跳躍する。
一方、指揮者はやはり最低限の動きだ。ピアニストは完全にピアノに向かっており、ピアノ以外のものとの調和がよく見えない。盲目ながら指揮者やオーケストラ全体の雰囲気を感じ取っていた辻井さんのピアノを思った。
ピアノ協奏曲か、というほど、かなりオーケストラがピアノをかき消してしまっていた感じはあったが、最後はピアノ、オケともにかなりスピーディで、大迫力であった。
つづく
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