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「サンセット・サンライズ」-気仙沼市を舞台に映画化される地方移住の光と影を示す一冊を読んで地方の現在と未来を考える

「サンセット・サンライズ:楡 周平 作」が、気仙沼市を撮影場所として劇場映画化する。監督・岸善幸、脚本・宮藤官九郎、主演・菅田将暉と豪華な面々が集まった作品となる。

気仙沼市は本noteが数多く取り上げている地域であり、また原作である「サンセット・サンライズ」の舞台は気仙沼市に近しい宇田濱という架空の地域である。些かの共通点を感じたのは言うまでもない(下記リンクは広告)。

原作小説「サンセット・サンライズ:楡 周平」はどんな物語か

サンセット・サンライズ

「サンセット・サンライズ」は、パンデミック(新型コロナウイルスの感染拡大)の時期に生み出された物語である。パンデミックを機に勤務先がテレワークになった西尾晋作(菅田将暉が演じる主人公)が、偶然の重なりによって移住を決断した宮城県気仙沼市近郊の宇田濱。そこでの彼の生活が描かれている。

「サンセット・サンライズ」は、ざっくり分けて3つのパートに分かれる。移住を決断するに至った経緯が描かれる第一部、移住後の生活の苦楽が描かれる第二部、移住先の宇田濱でビジネスを起こす第三部である。

第二部は、都会では得られない地方での生活の素晴らしさ、それを成立させるテレワークの価値が描かれる一方で、一体全体いつの時代の田舎なのかと思わせるステレオタイプな田舎の嫌な面が細やかな描写で語られる。とくに力が入っているのは料理の描写で、

『宮城県気仙沼市近郊では、これほどまでに素晴らしい食を楽しめるのか』

などと感じる読者はとても多いと想像される。恐らく映画においてもこの点はある程度大切にされるのでなかろうか。観光への好影響を期待したい気仙沼市にとっても、この点は推して欲しいのでないかと推察する。

第三部は、空き家問題の解決をビジネスの側面からアプローチする物語となる。どのようなビジネスモデルで宇田濱という少子高齢化・人口減少が進む地域の空き家問題を解決していくのかは、ぜひ原作小説「サンセット・サンライズ」を読んで欲しい。

簡単に説明すれば、株式会社アドレスが提供するビジネスモデルだが、自治体側の物語も描かれている本書では、若干ながら異なるアプローチが描かれている。現実に本作で描かれているような空き家対策が功を奏するかは定かでないが、パンデミックの時期に少なからず想い描かれたものではあり、ある種の懐かしさを感じられる内容であった。

「サンセット・サンライズ」は地方移住に関わる人々・地方移住を考える人々にとって読む価値の高い一冊

「サンセット・サンライズ:楡 周平 作」を読みながら想ったことは様々ある。お試し移住を定住に繋げるには、その土地の人間と結婚させるのが最も確度が高いといった感想も一つである。もっとも本作はある種婿に入るような形での定住となるわけだが、現実にはその逆で女性側が娶られる方が多いだろう。結果は真逆である。

「サンセット・サンライズ」が描く結婚に想う地方の現実

実際問題として、気仙沼市においても市外の男性と結婚する形で市内から出て行く女性は少なくないと聞く。経済力の違いを考えれば自然な話ではある。気仙沼市に限らず、それは多くの地方に言える話だろう。結婚そのものに資金力は不要だが、子供を産み育てるとなれば資金力が必要になる。

地方と大都市の所得の差は、はっきり言って大きく異なる。未だ年収300万円が難しい地方に対して、大都市では新卒の初任給が年収300万円を超えるのがザラにある。転職となれば、下限年収400万円スタートが今や当たり前と言っても過言ではない。年収400万円が低いとさえ言われるほどだ。

経済力を結婚の理由にするなら、地方から大都市に向かわない人間の方が少ないだろう。誰だって、不安な結婚生活を送りたくないし、貧しい生活を送るよりは豊かな生活を送りたい。それが人間である。その意味で、「サンセット・サンライズ」で描かれる、一部上場企業のサラリーマン西尾新作が宇田濱の家の婿に入るようなケースは、地方にとっては理想形と言える。

もっとも東京近郊に住み、大手企業で働いている人間を移住させ、まして地元の人間と結婚させるのは、現実的でない。ほとんどファンタジーに近い話である。一方で、以前書いた通り、地元に住む人々がリモートワークを活用して東京近郊の企業で働くならば、まだ現実的だ。

地方の税収を上げる面でも、そうした人々を増やすのが地域経済の底上げには重要である。いかにして大都市部から地方の資金流入を増やすか、それを考え、実践していくのが重要である。「サンセット・サンライズ」で語られている空き家ビジネスの価値も、言ってしまえばそこにあった。

「サンセット・サンライズ」で考えるリモートワークが社会にとって、地方にとって必要な理由

「サンセット・サンライズ」は、パンデミックに世界中が混迷を深めていた頃に生み出された物語である。だからパンデミック後の世界、いわゆるアフターコロナの世界に関する考えは、当時語られた内容で止まっている。その点は、今や懐かしい話に感じられる程度のものとなっている。

当時、リモートワークでも仕事が行えると分かれば、企業は働き方を再考し、それに伴って人々のライフスタイルは大きく変わるだろうと言われていた。地方で生活する人々は増えるに違いない。そんな夢物語が真面目に語られていたのである。だが、現実に人々のライフスタイルが大きく変わるような未来は来なかった。

リモートワークは、辛うじて一部に残っているものの縮小の一途を辿っている。企業も人々も、合理性や効率性よりも感情を取った。そこに人間らしさを感じるわけだが、それはある意味で少子高齢化・地方消滅の流れは今後も大きく変わらない示唆を与える。

東京一極集中是正を声高に叫ぶ声はあれど、そのためにリモートワークを前提とした社会にしろと語る地方の知事、政治家が不在なこともまた、そうした流れの不変性を物語っている。本来、地方が本気で地方を持続可能な場所にしたいのであれば、手っ取り早く資金の流入を生み出せるリモートワークの拡大を叫ぶのが得策である。

「サンセット・サンライズ」で語られている地方を再興させるための未来。それはリモートワークなくして成立しない未来なのだ。だが、地方自体がそうした社会を創ろうと動けていない。人間は感情に支配され、その感情によって自らや周囲の破滅を生んでいく生き物である。そんな不変の真理を感じさせる。

「サンセット・サンライズ」が伝える移住における0→1(ゼロイチ)の壁

「サンセット・サンライズ」は、移住によって素晴らしい未来を得られる可能性を示す物語である一方で、移住の難しさや厳しさを痛烈に描いた物語でもある。とりわけ第二部は、いかに移住が困難なものであるかを思い知らされる。先述した通り、あまりにもステレオタイプな田舎が描かれているため困惑はあるが、ある一面では真実が書かれており、示唆に富んでいる。

とりわけ考えさせられたのは、西尾新作が宇田濱に訪れて間もない頃の描写であろう。全く知らない宇田濱の土地に移り住んだ直後、宇田濱で人間関係を構築していく過程の話は、恐らく読者の多くが「これはしんどい」と感じるに違いない。何せ西尾新作は、宇田濱に知り合いが一人も居ないのだ。

それが移住であろうと移住でなかろうと、未知のコミュニティに入ったとき一人目の知り合いをつくるのが最も難しい。誰も知っている人が居ない上に、コミュニティの全容も分からない。何が良くて、何が悪いのか、そもそも目の前のコミュニティが何かさえ分からない。この孤独、孤立が生み出す感情は寂しさではなく、恐怖である。

幸い西尾新作は、移住事業の担当者が生活のオンボーディングをしてくれたし、何より高いコミュニケーション能力を有していた。だからこの人間関係づくりの0→1の壁を上手く乗り越えられている。だが、大半の人間はそれをできるだけの能力を持っていないし、それができる人間ばかりならば、恐らく現代の社会が抱える未婚者増加・恋愛未経験者増加などといった問題は生じていない。

たとえば、気仙沼市で行われている人材育成プログラム「ぬま大学」もある種でき上がったコミュニティに徒手空拳で挑むようなものである。参加者の多くが、0→1の壁を乗り越える必要がある。だが、「ぬま大学」そうした壁を取り除くことに時間を割き、様々なアプローチを用いて個々のコミュニケーション能力に依存しない顔合わせ、人繋ぎを実現している。

恐らく移住においても、本来はそれだけ手を尽くさなければ、生活のオンボーディングは行えないのだ。「サンセット・サンライズ」は、そんな冷静に考えれば必要性が分かるが、今まで気付けにいた重要な示唆を物語りの流れに合わせて自然に伝えてくれている。恐らく移住支援に携わっている人々や移住を検討している人々にとって、貴重な一冊になるに違いない。

2025年1月に公開となる映画「サンセット・サンライズ」は、どのような作品になるか定かでない。あくまで筆者の願望を書くのであれば、社会がリモートワークの価値を再考する機会になれば良いと思う。また、より多くの人々が気仙沼市を魅力的に感じてくれれば嬉しいと思う。


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