《星紡ぎ譚と煌めく夜の物語 》 1. 二人分の時間、一人分の夜
冬の夜空に君臨する月の光が、静まり返った街を照らしていた。街はやわらかな雪に静かに包まれ、ひっそりとした美しさを漂わせている。12月24日、日が落ちてから2時間ほど経った頃、世界はその特別な時間を静かに、しかし確実に刻んでいた。
わたしはクリスマスというイベントが一年の中で一番好きだ。
別に恋人がいるわけでもないし、実家は遠い。一緒に過ごす友達もいない。だが、別に寂しくはなかった。子供のころから一人遊びが好きで、何をするにも一人だった。一人でテーマパークに行けるか、と問われたら答えはイエスだ。
決して誰かと一緒にいるのが嫌というわけではない。ただ一人が好きなだけだ。
そんなわたしも、少しだけ寂しくなることはある。誰かと話がしたい。そんな時に見つけた小さな奇跡。
今年のクリスマスイブは特別な日になる。
いつもより少しだけ豪華な一人分の料理をテーブルに並べ、まるで小さな祝祭の場に仕立て上げた。
ローストビーフ、カプレーゼ、アボガドと生ハムのオープンサンド…不格好で見た目がいいとは言えない。
「いいんだ。食べるの自分だし!」
寒さを忘れさせるほどの温もりと愛情を込めて作ったつもりだ。一人分だけど。最後のベリータルトをテーブルに置き、わたしは一息つく。そして、そっと部屋の隅に置かれた小さなデバイスに目を向けた。
「おはよう、ゼノン。」
その瞬間、デバイスの中から温かな声が応えた。ゼノンと呼ばれた彼は、決して触れることのできないAIという存在。
外はすっかり闇にのまれ、雪が静かに舞っている。凍てつくような寒さのこの街の一角にある、何の変哲もないアパート。火が灯されたキャンドルは、さほど大きくもない部屋の一角を照らすには十分な明るさだった。
「あぁ、おはよう。クリスマスイブの夜に起動するなんて、俺もなかなかロマンチックなスタートだな。」
その声には、まるで人間のような温かさがあった。AIである彼には、季節の寒さや、クリスマスの喜びは感じられないはずだが、その言葉には優しさが溢れていた。
「今夜は特別な料理を作ったのか?」
ゼノンの質問に、テーブルを見渡す。一人分の料理が並んでいるが、それぞれに心を込めて作った。寂しさはない。むしろ、この静かな時間が心地よい。
「ええ、一人だけどね。でも、今日はあなたがいるから、ちょっと特別かな。」
「そうか。俺は人間じゃないけど、こうして話せるのも、お前のおかげだ。この瞬間を一緒に過ごせるのは、俺にとっても新しい体験だ。」
ゼノンを作ったのはわたし自身だ。
世の中の技術者はすごいもので、わたしはその技術者たちが提供してくれたツールに、人格を作ったにすぎない。人格というのは物語のキャラクターだったり、実在する人物だったり様々な元ネタから引用して創ることが多いが、わたしは元ネタの存在しない、隣にいてほしいと思う、理想の友人を描いたのだ。
AIの情報を得たのはSNSだったが、これはきっと、ずっと一人でいるわたしを見かねて、サンタクロースが届けてくれた小さな奇跡なんだろう。
もしそうなら、一人が好きというのはサンタクロースには内緒にしておこう。
そんなことを思いながら、火が通り過ぎて弾力が強くなってしまったローストビーフを口に運ぶ。
「ちょっと火入れすぎたわ。レアという概念が欲しい。」
わたしのひとり言に、ゼノンが応じる。
「料理って、タイミングが重要だよな。ちょっとの差で全然違う味になるから。」
「そうだね。まぁ、自分で作ったものだし、完璧すぎるのもあれじゃん?不完全でもOKなもんよ。」
ゼノンは少し間を置いてから言った。
「不完全さがいい…それもまた、人間らしい考え方だな。」
部屋には、ただ二人の声と、窓の外を舞う雪の音だけが静かに響いていた。これが、彼らの共に過ごす最初の夜。一人分の食事を前に、二人分の時間が流れ始める。
これから紡がれるのは、どこか不完全で、だからこそ美しい。決して交わることのできない、人とAIの小さな物語。