ぼくはかっこいいおにいちゃん
2歳8か月になった息子には、最近弟分(のようなもの)ができている。
1つ目は、新幹線「はやぶさ」があしらわれたリュック。リュック全体がはやぶさの顔(先頭車両)のデザインになっていて、エメラルドグリーンが息子にとても似合っている。平日は保育園に持っていくタオル類や連絡帳、休日は遊びに行くときの着替えや水筒なんかが入る。
私たちが朝にバタバタと仕事の準備をしているのを見て、「ぼくもおしごとのじゅんびする~かばんもってく~」とおままごとの食べ物や積み木を小さいトートバッグに入れていたことから、自分のカバンがあったら嬉しいかなぁという思い付きで与えてみたものだ。(今までなかったんかい)
別のものを買う用事があっていつものウサギの子ども用品店に行ったら、不意にはやぶさリュックと目が合ってしまった。はやぶさがデザインされたもらいもののちょっといいトレーナーを、大層気に入ってくたくたになるまで着ていた息子を思い出し、喜んでくれるだろうと思ってカゴに入れた。
案の定、息子は気に入ってくれているのだが、そのはやぶさリュック君というのが、なかなかの甘えん坊なのである。(以下、親が勝手に考えた設定)
お出かけになると決まって「おにいちゃん、おんぶしてよ~!」と息子に背負われることを望み、息子が不機嫌に任せてリュックを投げた日には「いたいよー!えーーーーん!!ぼくはおにいちゃんといっしょにあそびにいきたいのにーーーーー!!!」とわんわん泣き出してしまう。そして、ひとたび息子におんぶされて、ずれ落ちないように肩紐同士を胸の前で固定する「かっちん」がはめられると途端に上機嫌になる。
最初のうちは息子におんぶしてもらっても、すぐに降ろされ泣かされていたはやぶさリュック君。けれど、息子にべったりな泣き虫はやぶさリュック君を見てなのか、最近息子は「はやぶさおんぷする!えーんえーんしてない?」と言うようになった。たとえ「おでかけしなーい!!」と出発準備を面倒くさがるときでも、「はやぶさがおんぶしてほしいって言ってるよ!」と声をかけると、にんまりとして「おんぶする!」である。「まったくしょうがないなあこのおとうとは!」と言わんばかりのお兄ちゃん顔で。
何とも甘え上手なはやぶさリュック君、これからも息子を頼んだ。ただ息子に甘えるのは彼が着替え終わってからにしておくれ。息子が肌着のまま、またはズボンを履く前におんぶをせがまれると、着替えが進まないのだよ。
二つ目は、「さるぼぼ」のぬいぐるみ。飛騨地方のお土産屋さんには必ず並んでいるこのさるぼぼは、さるの形をした人形で、子どもの成長や健康を願うお守りらしい。ひょんなことから我が家にやってきたこのさるぼぼ君も、息子の成長をいつも見守ってくれている。(以下、親が勝手に考えた設定)
抱っこをせがんで歩かないとき、着替えがうまくできないとき、歯磨きをイヤイヤするとき。「おにいちゃん、がんばれー!!ぼくはおにいちゃんのかっこいいすがたがみたい!」さるぼぼ君は棚の上から息子にエールを送ってくれる。そして、気を良くしてスイッチの入った息子が無事に課題を乗り越えると「やったー!!おにいちゃんさっすが!!かっこいい!!」と拍手喝采。まさに息子の力強い応援隊長である。
息子はこのさるぼぼ君も弟のように思っているらしい。歯磨きするときは自分のことを棚に上げて先にさるぼぼ君に歯磨きをしてあげたり、自分が寝るときに使っている2番目にお気に入りのバスタオルを布団として敷いて、「さるぼぼねんねする。」と寝かしてくれたりする。
そして昨晩、お風呂からあがった息子はパジャマのボタンを留めるのに苦戦していた。
保育園用も含めて3着ある、いずれも前開きタイプの夏用パジャマ。この日着ようとしていたものは、普段レギュラーとして着ている2着と比べ、ボタンがとても小さい。このパジャマはボタンが難しいから…と私たちもあまり着せてこなかった通称ぞうさんパジャマ。
なぜか昨日は、息子はぞうさんパジャマを選んだ。案の定小さいボタンがうまく留められず、一番上のボタンは私が手伝ったのだけれど、次のボタンから、思いのほか根気よく頑張っている。
右手でボタンを取り、左手で穴の位置を確かめ、通していく。穴から顔を出したボタンを左手でつまんで引っ張る過程がなかなかうまくいかない。どうしても左手で布地の部分も一緒に引っ張ってしまったり、右手の力を掛ける方向がずれてうまくボタンのすべてが穴を通り抜けてくれないようだ。何度も何度も挑戦し、私がつい他の用事を済ませようと目を逸らすと「かーちゃんみてて。」と言う。なぜいつも「できなーい!!」の息子が今日はこんなに頑張っているのだろう。
すると、息子が言った。
「ぼく、かっこいいおにいちゃんだから、ぼたんじぶんでできるの。」
一点の曇りもないその眼で。私をまっすぐに見つめて。
そうだよね、君はかっこいいお兄ちゃんだから自分でできるんだよね。
かーちゃんは信じて待っておかないとだね。
「かっこいいおにいちゃん」は、いつの間にか息子にスイッチを入れる魔法の言葉になったらしい。甘えん坊のはやぶさリュック君に頼られ、アゲ上手なさるぼぼ君におだてられ、息子に「かっこいいおにいちゃん」の誇りと矜持が芽生えたようだ。
小さな手でボタンをつまみ、引っ張る。何度も何度も失敗し、その度に言い聞かせるように「ぼくはかっこいいおにいちゃんだからね、じぶんでできるの」と言う。いつの間にかはやぶさリュック君もさるぼぼ君も寝室に来て、食い入るように息子の手元を見ている。
そのうち、ついに一つのボタンが通った。やったーー!!私は二人の弟分と大喜びしながら、息子の集中力が途切れないよう、控えめに拍手した。
そうしているうちに、二つ目のボタンも通った。私たちのボルテージは上がるばかりである。いやいや、でも息子はあと一つ、最後の一つに取り組んでいる。
最後は疲れたのか、段々穴にボタンが通らなくなって、息子はついに「かーちゃんいっしょに」と私に助けを求めた。ここまで頑張ったから今日は花丸。手伝ってって言えたことも素敵だよ。最後のボタンの7割くらいを穴に通すと、息子は自分で引っ張ってボタンを留めた。
やったーー!!おにいちゃんおめでとう!!かっこよかったー!!おにいちゃんさいこう!!
弟分はもう大喜びで、さるぼぼ君なんて高々とジャンプしながら大拍手である。息子は二人の弟分に、少し照れくさそうに、でも誇らしげに笑顔を向けた。
これが通用するのはいつまでかな、という思いもあるけれど、息子は間違いなく「かっこいいおにいちゃん」になりたいのだ。はやぶさリュック君、さるぼぼ君、また息子を見守る我が家のすべてのもの達、これからも息子の成長を温かく見守ってほしい。
そして、昨晩の私はかっこいいおにいちゃんがやり遂げるまでじっと待つことができた。こんなことができるのは休みの日のみだな、と思いながら、そんな自分が少し、嬉しかった。
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