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You Don't Know What Love Is

 (番外編「コーヒーショップの物語」/伏字あり)


午後のコーヒーショップで
私はひとり読書をしている
斜め前のテーブルでは
女子高生達がお喋りしている
BGMは懐かしい曲
『 You Don't Know What Love Is 』
邦題は『 あなたは恋を知らない 』
ビリー・ホリディが歌った曲だ
だけどネエちゃん達はキャアキャアうるさいな
向こうの席でステホスが客と騒いでるんだろう
遠い記憶の夜空にJR中央本線が走る
私は東小金井のキャバレー『火の鳥』に
トラでギターを弾きに来ている
ジャズなんて上手くないけど
サックスの山本っちゃんが呼んでくれて
この曲をやろうやと言うから
ラリー・コリエル (g.) のソロアルバムから
フレーズを二つ三つ拝借して来た
やっぱりトラで来ていたベーシストが
乾燥した〇〇〇〇〇手に入ったと言うから
楽屋で手順に従って〇〇〇〇〇をやって
場末の薄暗いステージに出て行き
リクエストに応えて歌謡曲を演奏する
合い間にジャズのスタンダードや
ロックっぽいのを即興でやる
どうせ客は聴いてなんかいない
だけど三・四分の歌謡曲が
今夜は異様に長くないか?
『 銀座の恋の物語 』に
大笑いの『 ちゃんちきおけさ 』
一曲が十分くらいに感じる
「まぁ~~だ終わらんのか~~~」
「アハハ、おまえ効いてるよ」
いつもはほとんど聴き取れない
遠くの席の客とホステスの喋る言葉が
その夜はやたらと輪郭明瞭に聴こえてきた
冬の中央本線三多摩地区の夜は更けて
終電で降り立った国分寺駅のホーム
八王子まで帰るホステスが
電車の窓から手を振ってくれた
気さくな普通のネエちゃんだったな
「バーキャレのステホスにカケシしてさあ‥‥」
なんて言ってた山本っちゃん
今夜の『あなたは恋を知らない』は
まあまあだったよな
だけど今も夜空の何処かで
ホステス達が笑っているよ
ああ‥‥そうだった
あれは女子高生の笑い声だった
BGMが流れる午後のコーヒーショップ
なあ女子高生よ
もう恋は知っているだろう?
だったらこの曲を聴いたら
あんたらも
切なくなってくるかい?



  *マガジン:「コーヒーショップの物語」
  *「トラ」=エキストラ・臨時雇い
   「カケシ」=仕掛け・ナンパ

  
 

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