【ボイトレ】「うたうこと」について読み解いてみた Part21【「第7章 声区」p77_15行〜p81_15行】
本ブログは以下の2冊について取り扱い、私の理解をシェアするものです。
・1冊目
フレデリック・フースラー、イヴォンヌ・ロッド・マーリング著
須永義雄、大熊文子訳
『うたうこと 発声器官の肉体的特質 歌声のひみつを解くかぎ』
・2冊目
移川澄也著
『Singing/Singen/うたうこと F・フースラーは「歌声」を’どの様に’書いているか』
お手元にこれらの本があると、よりわかりやすいのではないかと思います。
今回は第7章 声区 の、「生理学」(p77_15〜)に入っていきます。
第7章 声区(p75_1〜p88_9)
今回の三行まとめはこちらです。
・ファルセットには「虚脱した仮声」と「支えのある仮声」がある。
・支えのある仮声を作り出すことによって声楽発声器官の最も主要な機能が呼び起こされる。
・頭声と仮声は声帯を伸展させる機能によって作られる点で際はなく、同一の基本要素を備えた変形である。
生理学
この項目は1回でまとめて更新する予定でしたが、2回に分けて更新することとしました。
分割が増えてしまい読みにくくなってしまう可能性もありますが、ご容赦いただけますと幸いです。
1.「仮声」ー「仮声区」(p77_15〜p79_14)
まずファルセットに対する見解として2つの立場があることが説明されます。
一方は「この声は声楽には使い物にならず、発声器官を障害する声だ」とする意見。
そういった見解に立つ方々は昔から使われている「ファルセット」(誤りの、うその)という言葉の通りに誤った発声による声だと拒否しています。
もう一方は「特別の価値を認めていて、最終的な声楽発声の完成を目指す重要な前提条件の一つである」とする意見。
これは昔のイタリアの声楽流派によって主張されていた意見です。
こういったファルセットに対する否定的な意見と肯定的な意見の対立は、そもそもふたつの異なった「ファルセット」のことを言っているのだとフースラーは述べます。
同じ言葉を用いているだけで違う概念のことを指していると言うことですね。
・「虚脱した仮声」
仮声(ファルセット)のうち「第1の傾向」(すなわち先ほどの前者)=ファルセットに対する否定的な態度を取っている方々の言う「ファルセット」
→これは「極めて細い音質、張りがなく、声の通りが悪く、変化性も乏しい」声で、そのような声からは「充実した声に移行することはまったくできない」
この前者の言う「ファルセット」は虚脱した発声器官から出るもので、声楽発声に必要な機能の重要な大部分のものが脱落した音であるとし、これを「虚脱した仮声」と呼びます。
・「支えのある仮声」
仮声(ファルセット)のうち「もうひとつの傾向」(すなわち先ほどの後者)=ファルセットに対する肯定的な態度をとっている方々の言う「ファルセット」
→これは「積極的なものであって、本質的にもっと張りがあり、より強く、よく通る音質の声」。それはある程度変化させることができ、「充実した声に移行することができる」
前者の「虚脱した仮声」とは全く違うものであることがこの時点でわかります。
これを「支えのある仮声」と呼びます。
ファルセットに意義を見出しているかどうかは、そもそもどのような声をファルセットと呼んでいるかの違いから来ていると考えられます。
さらに続けて、仮声(ファルセット)自体の説明となります。
仮声(ファルセット)は「虚脱した仮声」であろうと「支えのある仮声」であろうと、輪状甲状筋とその援助をする後輪状披裂筋によって声帯が引き伸ばされることによって生じます。
では2種類のファルセットの違いはというと、「支えのある仮声」は声帯を引き延ばす際に喉頭懸垂機構の筋肉群の働きによって支えられ、増強された声だということです。
では「支えのある仮声」の「支え」とはなにか。
学問的には胸骨甲状筋が「支え」る働きをする対抗相手だとされていますが、甲状舌骨筋も一緒に働いていなければならないと述べられます。
それはなぜか?
その理由は甲状舌骨筋は外側輪状披裂筋と披裂間筋の拮抗筋であって、これらの筋肉はファルセットの時に特別な役割を持っているからであるとフースラーは説明します。
この段落はここで終わります。
「特別な役割」が何であるかは説明されません。
故にここは推察しなければならない点であるわけですが、私自身の理解ではここは「支えのある仮声の音色」と「発声器官の筋肉群が働いた時に現れる声の音色の変化」についての話であると考えています。
そもそも「声区」とは個々の筋肉の音色的な機能を示すこと以外の何者でもあり得ないと前回述べられており、さらに「個々の筋肉のある音質を出す能力が、発声という、総合的な出来事の中で声全体の中で、一過性に優位を占めているに過ぎないのである」と続いていました。
つまり虚脱した仮声の音色と、支えのある仮声の音色の違いもこのように筋肉の働きによる音色の違いが起こっているということです。
声門閉鎖筋、すなわち外側輪状披裂筋と披裂間筋による音色の違いがこの「支えのある仮声」の音色に現れてくること、それが「特別な役割」であると私は考えています。
そして次の段落、まず「支えのある仮声を作り出すことによって声楽発声器官の最も主要な機能が呼び起こされる」という説明から始まります。
これは重要な記述の一つであると考えられます。
なぜなら「支えのある仮声」によって発声器官の主要な機能が呼び起こされると言うことは、発声器官を解放するにあたって重要な声の音色であると考えられるためです。
さらに「喉頭が懸垂機構によってぴんと張るという基本的な動作が行われる際に間接的にはもっと他の筋肉も協力する」と述べられます。
喉頭が張られる、というのは筋肉によって引っ張り合われる状態になるということです。
そのように引っ張り合われる時、ここまでで説明された胸骨舌骨筋だけではなく、肩甲舌骨筋も協力すると述べられます。
この筋肉の働きは主に高音域を出すのに重要、すなわち声帯を引き伸ばすのに重要な筋肉であるということです。
この声、すなわち「支えのある仮声」の音色を間違えずにはっきり聞き分けることができるようになれば、すべての重要な声に含まれているひびきの成分をたやすく聞き出すことができるだろうと述べられます。
「聞き分ける」能力の重要性については以前も説明されていました。
この「支えのある仮声」は「聞き分ける」能力とも関わりが深いものであることがこの記述から推察できます。
最後に仮声(ファルセット)があらためて2種類あることについての補足が述べられます。
・客観的な科学がファルセットの形成に関する基本的な点において反対の主張をしていること。
・一方はストロボスコープを使って撮影した写真を証拠として、声帯が短かくなるとし、もう一方はベル研究所の映画フィルムを参照して声帯が長くなるとする。
簡単に言えば仮声、すなわちファルセットの記述において重要なことは「ファルセットと呼ばれる声には2種類あるということ」、「支えのある仮声」が非常に重要であること、この2点が主要な内容であると言えます。
2.「頭声」ー「頭声区」(p79_15〜p81_15)
「輪状甲状筋の働きは、前とは異なったやり方で援助されることは明らかである。」と書き出されます。
突然現れる「前」とはなにか、それは先ほどの仮声、特に「支えのある仮声」です。
輪状甲状筋の働きに対して拮抗、援助する筋肉たちが先ほど登場していましたが、「頭声」は違う方法で拮抗、援助が行われると言うことが述べられていると考えられます。
「頭声」は口蓋、咽頭の筋肉が甲状軟骨の後部を上方へ引っ張った状態にし、胸骨甲状筋が甲状軟骨の前部を前下方に引くと説明されます。
このように筋肉が働くことで甲状軟骨は輪状軟骨に対して前方斜めに傾く形となるため、声帯は十分に長く伸ばされ、十分に薄くなります。
先ほどの「支えのある仮声」の際に登場した甲状舌骨筋は参加しておらず、声門間隙はいくらか開くと説明されます。
声帯の縁が鋭利に張られず、喉頭蓋は直立、声帯上下の空間は広く、仮声帯は広く開く、こういった状態によって「頭声」と呼ばれる音質の声(非常に軽い、漂うような声で、膨らみはあるが「芯」はない、いわゆる「デッケンされた声」が出来上がるのだとフースラーは述べます。
仮声と頭声に共通することとして、声帯が引き伸ばされた状態になると言う点があります。
さらに声帯自身の中にある筋肉、いわゆる内筋はああり働かないという点でも共通しています。
それ故に同一の発声的基本要素をそなえた変形であると説明されるわけです。
そして、仮声と頭声を合わせた結論が述べられます。
「仮声が声楽的発声に必要であるかないか」という質問に対しては、「どういった仮声のことを述べているかによる」が回答となるでしょう。
そのように読み解いた理由としては以下のようなものです。
・『声楽的な声を作り出すための喉頭の機能、すなわち声帯自身の内筋の緊張によってだけでなく、声帯が伸展されることによっても声が出るという知識を持っていれば、論争に巻き込まれない。』
=声帯が引き伸ばされることによっても声が出る、ということは声帯を引き延ばす筋肉が声を失わせるということとは本来つながらないということと考えられます。
そもそも声帯の引き伸ばされ具合によって音程の変化が起こるということもまた、発声器官の働きの一つということを考慮すると、そもそもファルセットが必要であるかないかについては議論の余地もないということが述べられていると読み解きました。
・『もっと重要なことは、多くのテノールの歌手を含む一部の歌手が、「仮声は危険な要素であると憶測して警告した」理由はなにか?ということ』
=上記の通りであれば、ファルセットの訓練が必要であることは明白であるのに、なぜそれを危険とする流派が登場したのか?ということ。
・『それは「1.仮声」の最初で述べた通り、仮声(ファルセット)にはそもそも2種類あり、彼らが仮声といっているのはそのうちの「虚脱した仮声」のことであった。それを使っていると高音がひっくり返って出なくなってしまうと考えたのは正しかった。』
=理由はシンプルで、同じ「仮声」と呼んでいただけで違う声のことを指しており、「虚脱した仮声」のことを言っていたこと、そして「虚脱した仮声」からは充実した声に移行することはできないとフースラーは説明していたことから、一部の歌手が「(虚脱した)仮声」を批判する理由が見えてくると言うことです。
とはいいつつも、「仮声」を欠く声……声の倍音の中のファルセット的成分ともいいましょうか(伸展感という言葉を用いる場合もあります。)、これが無い声は声楽的な声とはいえず、荒廃した声であると述べられます。
荒廃した声は、文字にするのであればいわゆる叫び声のような、力が入っていて苦しさを感じるような、そういった声であると考えられます。
続けて男女の性別による仮声、頭声の話。
女性は頭声を出すが仮声は出さず、男性のみが仮声をだせるという考え方は訂正する必要があるとします。
生理学的事実、つまり解剖学的に、物理的構造の上で男女の発声器官に差はありません。
何を言いたいのか、つまりは男性にだけ存在して女性にだけ存在しない、あるいはその逆のような特別な筋肉や器官は男女間に存在しないと言うことです。
声帯を引き延ばす筋肉が、どちらかの性別にだけ存在するなんてことはありません。
体の大きさが非常に異なる場合は多少の大きさの違いがある可能性はあるかと思いますが、構造が異なっているわけではありません。
つまりは筋肉や器官を全く同じように使うことができれば非常に近しい音色の声を出すことができる(フースラーはこれを呼び起こすと表現)と考えられるのです。
ただし、女性の場合には頭声と仮声を区別するのによく訓練された耳を必要とする。と続きます。
これについてはボイストレーナーとしての実践の経験としても、女性の方は仮声と頭声を聞き分けたり、違いが分かっても自分の声を出す時に区別をつけたりすることが難しい傾向があります。(もちろん100人が100人全員というわけではありません。個人差はありますが、あくまでそういった傾向があるということです。)
これも耳を鍛えることによって、そもそもの声の音色の違いを聞き分けることができるようになったり、自分で出している声の音色の違いを聞き分けることができるようになったりするということですね。
男性の声と女性の声の違いというのは、美学的な理由……すなわちジェンダー性や社会性の強さが生むと考えられます。
ジェンダー性や社会性が強いことによって、一般的に「美」とされる、いわゆるステレオタイプ、固定観念に囚われる傾向が強くなることは想像に難くありません。
固定観念に当てはめて考えた時に
・男性の声で頭声が多すぎると「さえない声」
・女性の声で仮声が多すぎると「深みがない声」
といったように受け取られてしまうため、社会性を獲得し社会に馴染んでいく過程でこういった要素を排除するように普段のよく出す声が形成されていくと考えられます。
第7章、声区の生理学は一回でまとめる予定だったのですが、文量的に生理学の内容を2分割させていただくこととしました。
更新頻度が落ちており申し訳ありませんが、引き続きお付き合い頂けますと幸いです。
また次回、よろしくお願いいたします。