【小説】『忘れっぽい詩の神は堂々巡り』
愛を愛で、愛を賛美し、愛を祝ぐ。
何度も何度も、愛をつぶやいているうちに、愛が何だか分からなくなった。
果たして、愛とは何であったか。
「あなたの言葉は、隅から隅まで愛に溢れ、愛の豊かさを、愛の深さを、そして目に見えぬ愛の力を感じさせます。さすが、詩の神であられます」
平伏した詩人を志す者たちの前で、私は困惑した。
まさか「愛とは何か、分からなくなりました」などと言えようはずがない。
そういえばと、延々と私を讃える言葉を連ねる人間をぼうっと眺めながら、私は首を傾げる。
愛が何であるか悩む前は、死は何であるかを悩み、その前は生きるとは何かを悩み、人間とは何かと悩み、その前は詩の神である自分は何であるかと悩んでいた気がする。
よく覚えていないが、常に何かが分かるようで、何も分かっていない自分という存在が、詩の神にふさわしいか、また悩んでいたような気がする。
そして、次の分からないことが出てくると、今まで悩んでいたことが、薄ぼんやりしてきて、新しい悩みというか、分からないことに気を取られ、忘れてしまう、ような。
前も愛が何であるか、悩んだような気がする。
いや、悩んたことなどなかったかもしれない。
いや、あったかな。
「ところで詩の神よ、あなたの言葉に美を添え、深みを与える力の源は、何でありましょうか」
悩んだことに悩んでいるうちに、人間の発言を聞き取り損ね、言い淀む。
「おお! やはり、あなたは詩の神であられる! 我々のような人間に、力添えくださる美の神、芸術の神は特に非凡であらねばならない。芸術の源など、あなたそのものでありました!」
人間たちは、興奮してどよめき、私を尊崇の眼差しで見上げてくる。
あれ、と私は再び首を傾げる。
美の神、芸術の神と今言われたけれど、それは何であったか。私? そんな神だったか。それは別の神では? 私は詩の神であったはず……。
何か、その前に悩んていたような気もするけれど、何に悩んでいたのか思い出せない。
とりあえず、美や芸術の源は私自身という問いの方が問題だ。
それはいかなる意味なのか。
源とは、何であるか。
源、源、……源?
私は詩の源?
返事がなく、悩んでばかりいる私を人間たちはさらに褒め称える。
神官が、人間たちに退出の時間を告げた。
「この度は、大変な栄誉を賜りまして、光栄でございました。我々も、詩をいたす者の端くれとして、これからも鋭意励んで参る次第でございます」
口々に、なんやかんやと告げて人間たちは立ち去っていく。
最後の一人が立ち去るとき、男はこう言った。
「あなたの慈悲深く、思慮深い愛のある指導のおかげで、我々の詩への愛は奮起するのでございます」
「あ……」
深く一礼して彼は広間を出て行く。
呼び止めたいのか、私の右手は無意識に空をかく。
ーーー
山根あきらさんのお題企画「忘れっぽい詩の神」に参加します。
【今日の英作文】
彼女は手を叩き、「今日はここまでにしましょう」と言いました。
She clapped hands and said "Let's call it a day."
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