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鞭には飴を、叱咤には激励も

5歳からピアノとエレクトーンを習っていた。

8歳の年に引っ越したあとも教室を変えて続けてきたのだけれど、この新しい先生が本当に怖かった。

おそらく「才能」というものを考えるようになったのは、この先生とのレッスンがきっかけだ。何人もで演奏をするアンサンブルのレッスンにも通っていたため、ほかの子の演奏を聴く機会が常にあり、それを指導する先生の言動で自分の力とほかの子の力とを比べやすかったのだ。


飴と鞭でいうなれば、ほとんどが鞭の先生だった。飴をくれるのは、本番の直前。レッスン中には、褒められるというより、「叱られていないだけ」に近かった。

あんまりにも怒鳴られすぎて、レッスンに通えなくなったことがある。小学校四年生の頃、コンクールに向けたレッスン中のことだった。

先生が見据えている場所は高いところだったから、真剣さの表れであることはわかっていたのだけれど、わたしの手は冷えきってしまい、うまくなるどころか下手になる一方だった。

先生と親が話した際に、親は「娘は“おだてたら木に登るブタ”タイプなんですよ」と言ったらしい。それで先生の指導方法が変わったわけではないけれど。でも、わたしはその後も高校受験シーズンに入る中三の三学期まで、レッスンに通い続けた。


以前、「失敗が怖い」というnoteを書いた。(「失敗は成功の素というけれど」

これと同じくらい怖いのが批判だ。批判は飴と鞭では鞭に当たる、ダメ出しオンリーなものだけれど、この批判が、わたしはどうしても怖い。

「ものを書いている人間なのに批判が怖いだなんてダメだろう」と思う自分が、ずっとこころの中にいる。「批判を糧にして成長します」っていう心意気がないとダメだろうと。

批判には最初の読み手である編集さんやクライアントさんから、そしてその後の読者からとの2種類があるのだけれど、わたしが“怖い”のは前者。後者も怖くないわけではないのだけれど、そこはまだ全部が直接目に入るわけでもないし、顔が見えない分、気持ちの切り替えができる気がする。

叩かれて叩かれて、何くそと思って這い上がれる人のことを、わたしはとても尊敬する。ピアノを習っていたときのわたしは、決して「何くそ」と思ってがんばれたわけではないから。

「叱られないように」「怒られないように」必死に食らいついたに過ぎない。その結果、確かに技量が伸びはしたけれど、果たしてその演奏は伸び伸びしていただろうか、という疑問は残っている。

鞭だけだと萎縮して、叱咤だけだとぺしゃんこになるような、そんな自分のことを情けないと思っている。「いい年をして、何を甘えた腑抜けたことを言ってるんだ」と思っては、自己嫌悪に陥ることばかりだ。

「飴もください、激励もください」だなんて、大人が言うことじゃないと思っていた。


たまたま、昨日このnoteを読んだ。

「批判は人を育てない」

ああ、と思う。
わたしだ、と思った。

「褒めて伸びるタイプです」だなんて、ナメたことを言っちゃダメだと思い続けてきた。今でも思っている。

特に、わたしの今の仕事は、批判さえされずに去られて終わることもある仕事だ。批判してもらえるのはむしろありがたいことで、それが怖いなんて何を言ってるんだ自分、と思っている。打たれ弱さは悪だという意識が、深く深く根付いている。

だけど、批判はわたしを縮こまらせる。手が冷えて本来の力さえ出せなくなってしまった小四のレッスン室のときのように、思考回路まで一時的にショートする。

批判されると、人は縮む。心だけじゃなくて、体も。筋肉がこわばり、呼吸が浅くなり、脳に酸素が行き渡らなくなる。その経験は筋肉に蓄積され、ずっとずっと、後まで響く。
(「批判は人を育てない」より引用)


もちろん、甘くしてほしいといいたいわけではない。だけど、鞭には飴も、叱咤には激励も付け加えてくれたら、わたしはうれしい。

甘えたことを言っているのは重々承知だ。何なら、これを書いている今、(こんなの書いていいのか)と思い、手が冷えきっているくらいなので。


どこかにまだ、顔色を伺ってびくびく鍵盤に触れていたあの頃の自分が残っている。本当に情けない人間だなあと思うけれど、それでもわたしはおどおどしながら進むのだ。

コンクールの本番前、「あとは楽しんで」と笑った先生の表情や声を、わたしは今でも憶えている。

楽しむところに行き着くまで、怖さと共存しながら進める力を養いたい、そう思っている。



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卯岡若菜
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