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2024年12月14日 「お姉さん文化」についての一考察

12月に入ると、そわそわした気持ちになってきます。
キリスト教徒でもないのに、クリスマスを楽しみにしているというだけでなく、
クリスマスプレゼントをどうしようか、気にかかってくるのです。
別段、「贈れ」と言われたわけではないですが、
親しい人、日頃から仲良くしている人には
何か贈りたくなるのです。
何が貰えるかにワクワクしていた時代が終わり、
誰かに何かを贈りたい世代になったようです。
冷たい空気の中で日々労働に勤しんでいるからこそ、不意にもらう小さなプレゼントの価値がわかるようになったということなのかもしれませんし、
クリスマスキャロルにおける教訓のように、
寒空の下では
誰かに親切にしたくなるということであるのかもしれません。

以前に言及したことがあるのですが、
そもそも、
ある一定の年齢以上の女性たちは、
仲間に対して小さなプレゼントを頻繁に贈るものでもあります。

私はこの習慣を、
数年前から「お姉さん文化」と呼んでいます。
見返りを考えない、ちょっとしたプレゼントを送り合うのが、「お姉さん」たちです。
男性や若い女性には想像もできないでしょうが、
「お姉さん文化」は、日常の仕事や家事の合間に、こっそりと、しかし、頻繁に行われている贈与の形です。

もらった場合は、
「いいんですか?良いものをありがとうございます」というようなお礼を言って受け取ります。
もし、美味しかったら、素敵だったら、その感想を伝えます。
そして、また別の機会、季節のイベントや旅行のお土産という形で、
同じくらいの小さなプレゼントを返します。
それが、半永久的に、続くのです。

贈り手になる場合を考えてみましょう。
「お姉さん文化」における、プレゼントは、
日頃のお礼や労いの意味を持つこともありますが、
全てではありません。
それは一部です。
旅行先や買い物先で、
見た目に可愛らしいお菓子を見つけたとか、
小さいけれど素敵なパッケージのお土産を見つけたとか、
贈り手の方の楽しみが関係していることも多いのです。

買い物の楽しみの中で、
ふと「〇〇さんも喜ぶのではないかしら」とか、
「そういえば以前、お土産をいただいたことがあった」とその人の顔が浮かぶ時、
その人の分も買ってしまうのです。
ですから、贈り手は、自分用の商品も購入していることが多いです。
もともとは自分の買い物から始まったわけですから。
自分のための買い物を仲間にあげたくなるということだ、
と考えてもらっても良いかもしれません。
そういう意味では
関西における「飴ちゃん」の文化、
つまり「なぜかおばちゃんはカバンの中に飴玉を持っていて、交流のあった人にその飴玉を渡すことがある」という文化は、
「お姉さん文化」の一部と言えるでしょう。
あれも、おばちゃんは自分のために飴を持って歩いているわけですが、
「あげたい」と思った時に、それを他人にもあげるからです。

そして、
基本的に、「お姉さん文化」は、善意によって成り立っています。
ですから、
「もらって当たり前」とか
「もっと高いのが欲しい」とか
「自分だけ得したいから返さない」という人のところには、成立しません。
そういう人は早々に見切られて、
「お姉さん文化」の中に入れてもらえない、部外者となります。
「私はそんなことしてもらったことがない」という人は、
日頃の行動、立ち振る舞いから、「お姉さん文化」には馴染まないと思われても、入れてもらえていないと思ったほうが良いでしょう。
わざわざ「あなたは入れません」などと言うことはありないですし、
「入ってください」と言われることもありません。
もし、プレゼントを贈られて、
何も返さず、貰うだけの気構えでずっといるとしたら、
しばらくすれば「お姉さん文化」から、そっと外されているでしょう。
「お姉さん文化」は相互贈与の習慣であり、
一方的な仕組みではないからです。
そして何より、
「お姉さん文化」は自然に、密やかに行われています。
知らない人たちにはわからないところで、、お姉さんたちは小さなプレゼントをやり取りしているのです。

「お姉さん文化」はひとつの「講」のようなところがあります。
「講」とは「結社または結社による行事や会合」という意味です。
「結社」とは、「共通の目的のために組織される継続的な団体」という意味だそうです。
であれば、「お姉さん文化」は、
ある年齢以上の女性のお互いを労い合うための、無形の結社による「講」と言えるのではないか、と思います。
生きづらいこの世の中で、こっそりお互いを応援し、励まし、慰め合う、「講」です。
その昔、農村には「〇〇村女性部」とか「〇〇村婦人会」があったそうですが、
それをもっと敷居を低く、結束を緩くしたものが、「お姉さん文化」だと思っています。
入会届もないですし、ノルマもありません。
あるのはお互いに対する、敬意と労いだけです。
敬意や労いのないマウントのある贈与は敬遠されます。
とはいえ、
「大きいお姉さん」たちは、「若いお姉さん」、「お姉さんになりたて」に親切なことが多く、
お返しをしなくても、少しばかりマウントが入っていても、
目くじらを立てるようなことはしない気もします。
女の人生の厳しさを「大きいお姉さん」たちは、よく知っていて、
あたたかく見守ってくれていることが多いのです。

そういえば、
去年もちょうど同じくらいの時期に、こういう記事を書いていました。

「大きいお姉さん」たちのちょっとしたプレゼントの中には、
自家製の野菜や自家製の調味料もあります。
私はまだそこまでのプレゼントは準備できません。
散々悩んだ挙句、
今年のちょっとしたプレゼントに、
・一口羊羹
・個別包装のドリップコーヒー
・百貨店に入っている菓子店のお菓子が数個入ったセット
・紅茶のチェーバッグの詰め合わせ
を選びました。
喜んでもらえるといいな、と思います。
「お姉さん文化」が体感できるようになると、
「女の敵は女」と言う言葉は、
男性が作ったものだろう、と感じます。
若い頃思っていたより、ずっと、女性同士は支え合っています。



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千歳緑/code
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