2023年劇場公開映画ベスト10&ワースト1
年末恒例、2023年に見た劇場公開映画のベスト10&ワースト1を選び、それぞれにコメントしていこうと思う。
BEST1 : コンパートメントNo.6(フィンランド 他)
BEST2 : ベネデッタ(フランス / オランダ)
BEST3 : キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン(アメリカ)
BEST4 : フェイブルマンズ(アメリカ)
BEST5 : アダミアニ 祈りの谷(日本/オランダ)
BEST6 : TAR/ター(アメリカ)
BEST7 : ヨーロッパ新世紀(ルーマニア他)
BEST8 : ロスト・キング 500年越しの運命(イギリス)
BEST9 : 幻滅(フランス)
BEST10 : 1秒先の彼(日本)
WORST1 : ゴジラ-1.0
Suspending : 6月0日 アイヒマンが処刑された日
以下、一作ずつコメント。
BEST1 : 「コンパートメントNo.6」(フィンランド / ロシア / エストニア / ドイツ)
監督:ユホ・クオスマネン
今年は、芸術的に価値高いかどうかということもさることながら「今の自分にとって重要な映画かどうか」という視点でベストを選んだ。そこでベスト1に選んだ「コンパートメントNo.6」は、今の自分が見て勇気をもらえ、生き方に示唆を与えてくれた映画という意味でNo1といえる。ストーリーはといえば「どうしようもないマッチョなロシア人大酒飲み野郎と列車の個室で同道という最悪の遭遇をするが、最終的にはこいつから勇気をもらう」というものなんだが、目下の映画において『対話への希望』をこれほどまで真摯に描いた感動作はないのではと思う。アイツが言ってくれたセリフ「怠け者どもが!」は個人的にはここ十年くらいの名言ベスト1でもある。途中で訪問する先の正体不明のおばさんとか、とにかく仏頂面の女車掌などサイドキックの醸し出す雰囲気も最高で、あの映画の時間に何度でも還っていきたい気分になってしまう。
BEST2 : 「ベネデッタ」(フランス / オランダ)
監督:ポール・ヴァーホーヴェン
こちらは見て元気になる映画No.1ともいえようか。ラスト、マッパで町に戻るべくすっくと立ち上がるベネデッタには「生きろ。」というコピーを付したいくらいなのだが、これがマジな意味でも悪い冗談としてもどちらも成立しそうな意地悪なまでの豊かさこそが本作の真骨頂ではなかろうか。何気にコロナ禍という時代性にも奇妙な同期をみせているのだが、別に狙ったわけではなくまったく偶然だというあたりも、ヴァーホーヴェンの「持ってる」感に震撼させられる。
BEST3 : 「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」(アメリカ)
監督:マーティン・スコセッシ
高校時代に「ダンス・ウィズ・ウルブス」見て、その白人酋長ものを何のてらいもなくやってる姿勢にずーっとモヤモヤしてたのが本作でバーンと解消。そうだよ、これに向き合わない限りアメリカの西部開拓史は本当には清算できないはずだろう!という思いが寄せては返す。ケリー・ライカートの「ファースト・カウ」と並んでアメリカ西部史の負すぎる側面を徹底的に描き込んだ執念の一本。で、実は原作(デイヴィッド・グラン)もあわせて読むとさらに闇が深くなるんですな。原作と合わせて必見。またリリー・グラッドストーンの演技のすごさ。知性あふれる人物が、しかしあらゆるものを諦めてもいるという哀しい達観を湛えた瞳の説得力よ…、とにかく意義高い作品と思う。
BEST4 : 「フェイブルマンズ」(アメリカ)
監督:スティーヴン・スピルバーグ
とにかく見ていて圧倒的に心地がいい。悲しく、つらい話なのに、これが見て心地よいというのは一体なんなんすか!?スピルバーグの天才とラストの驚くべき登場人物と配役に完全に持っていかれる。急にラストで異次元にいくという意味で三池崇史監督「DEAD OR ALIVE」と双璧をなす一本…と言えるのではないか!(そうか?)。
BEST5 : 「アダミアニ 祈りの谷」(日本/オランダ)
監督:竹岡寛俊
東ジョージアのパンキシ渓谷を舞台としたドキュメンタリーだが、とにかく出てくる人のキャラが素晴らしいというか、例えばみなさん現代の日本には高倉健が演じた「寡黙な闘う男」みたいな人はいないと感じているだろうけど、この地にはそういうキャラがリアルにいるんだよ!人類の捨てえない漆黒の営み=争いで心に傷を負った者たちが、ささやかな力を寄せ合いながら未来を変えていこうとする物語が天上世界としか思えないようなコーカサスの絶景の中で展開する、2023年日本映画たぶん最高作。
BEST6 : 「TAR/ター」(アメリカ)
監督:トッド・フィールド
2023年も数々のフェミニズム、エンパワーメント映画が公開され、それぞれに光を放つ中、それらの一歩先の世界を提示してみせたのが本作だったという評価には誰しもが同意できるのではないだろうか。ストーリーの二面性、数々の仕掛けに着目すると解釈がたちまち転倒する映画そのものの構造によって、性と権力の複雑さ、迷宮ぶりが表現されている。ケイト・ブランシェットの演技も素晴らしいのだが本作と同じ年に公開されたもう一つの主演作「バーナデット ママは行方不明」の方も今年のうちに見ておくべきだったという点が悔やまれる。こう書いてて思い出したが「マエストロ その音楽と愛と」も本作と対比的に見て味わいが増す一本だった。
BEST7 : 「ヨーロッパ新世紀」(ルーマニア / フランス / ベルギー)
監督:クリスティアン・ムンジウ
とにかく今年は多国籍な映画を見たなと思うが、極め付きが初めて見るルーマニア映画である本作。ところがこれが「ルーマニアの中のマイノリティであるハンガリー人コミュニティに入ってきたスリランカ移民たち」が引き金で起こる対立と葛藤というストーリー構造を使って、極めて同時代世界的な課題であるナショナリティと差別意識の混濁した状況や、経済格差に苦しむ東欧と「意識高い系」西欧とのギャップといった普遍的問題を両断するキレキレぶりを見せる「世界映画」(かつて存在していた「世界文学」という用語と似た意味で)となっている。ラストの会議シーンの、マッチ擦ったらガス爆発しそうな凝縮された緊張感たるや本年随一。
BEST8 : 「ロスト・キング 500年越しの運命」(イギリス)
監督:スティーヴン・フリアーズ
女性へのエンパワーメント映画として「バービー」は個人的にはなんだかフワフワした映画だな…と首をひねる一本だった一方で、本作はある種のイギリス映画が持っている「あられもなさ」が強烈に説得力を持った映画だった。とにかく急に「歴女」と化したサリー・ホーキンスが身を投じる世界が、なんというか、なに一つとしてキラキラしていない。エジンバラの酒場で「リチャード3世が評価されないのはその後のチューダー朝の陰謀なんだ!」とか怪気炎をあげては他の客に「うるせえぞ!」などと言われてる歴オタ中年集団「リチャード3世協会」といった野暮ったい(イギリスっぽい)世界にまっすぐ突っ込んで人生の宝をつかみ取るというストーリーの尊さ、そして手にした光をさえぎろうとする既存の権威社会(地方大学の事務局)との戦い。ところがこの野暮さの塊のような話が、まるで騎士物語のように勇敢さにあふれ、力を与えてくれるというのは映画のマジックとしか言いようがない。
BEST9 : 「幻滅」(フランス)
監督:グザヴィエ・ジャノリ
「この私にとって重要な映画」というベスト選択基準に照らせば、全世界小説家中自分最愛のバルザック作品を映画化する、という不可能なミッションに挑み一定成功している本作は挙げるしかないだろう。田舎詩人リュシアン・ド・リュパンブレが「パリ」という魔の空間に身を投じたときの寄る辺なさ、彼を利用するパリ社会(社交界)の狡猾さ、このバルザックらしい筋立てと世界観が、しかし確実にわが現代社会に陸続きになっていることも同時に見えてくる。挫折したもののフランス語学習を再スタートしようと思わさせられた、私的にとても影響を受けた一本。
BEST10 : 「1秒先の彼」(日本)
監督:山下敦弘
テーマの深さや現代性などといった評価されやすい切り口は持っていない一方、画作りの豊かさや展開の小気味よさなど、見ていてとにかく一秒あまさず「楽しい」気分にさせられた映画。こうした愛おしさにあふれた映画が沢山見られる2024年であることを祈りたい。
WORST1 : 「ゴジラ-1.0」(日本)
監督:山崎貴
本作鑑賞後に見た「ほかげ」「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」といった、日本近現代史への誠実な向き合い方をみせた諸作を思い返すだに、「永遠の0」の語り直しのごとき本作の浅薄なメッセージ性には、リアルな戦争がひしめく2023年のこの世界の中で、こんな平和ボケ映画が作られヒットしてしまうわが国は本当に終わってるんではないかと感じた。あらためて本年最悪の映画と評価せざるを得ない。
Suspending : 「6月0日 アイヒマンが処刑された日」(イスラエル / アメリカ)
監督:ジェイク・パルトロー
実のところ「今の自分にとって重要な映画かどうか」という視点においてはベスト1かもしれない本作。映画としての出来はけっこう良い一方、そこで展開する現代イスラエルのナショナリティ確立に向かった物語がいま現実世界でどんなことに帰結しているかを考えると、プラスに評価することが非常にしにくい。本作を見るならばセットでダニエル・ソカッチ著「イスラエル 人類史上最もやっかいな問題」や明石書店エリアスタディーズ刊「イスラエルを知るための62章【第2版】 」などを読むことを勧めたい。
今年は劇場公開作を54本見たが、フィンランドからルーマニアなどかなり製作国にバラエティのあるラインナップとなった一方、毎年何本も見ている韓国映画は今年「極限境界線」の一本しか見ていない(レトロスペクティブで見たイ・チャンドンのドキュメンタリーはフランス映画にカテゴリすべきだろう)。
また、大作・話題作も一通り見てはいるが、まったく感心しない映画だけでなくそれなりに感銘を受けた映画もありはしたものの、ベストに選ぶには至らないものが多かった。それはそれで「自分にとって大事なのは何か」ということが形作られている結果だろうとむしろポジティブに受け止めている(世間からは浮いてると思うが…)。
2023年劇場公開作鑑賞リスト
あのこと(フランス)監督:オードレイ・ディヴァン
ある男(日本)監督:石川慶
SHE SAID/シー・セッド その名を暴け(アメリカ)監督:マリア・シュラーダー
THE FIRST SLAM DUNK(日本)監督:井上雄彦
ヒトラーのための虐殺会議(ドイツ)監督:マッティ・ゲショネック
イニシェリン島の精霊(イギリス / アメリカ / アイルランド)監督:マーティン・マクドナー
コンパートメントNo.6(フィンランド / ロシア / エストニア / ドイツ)監督:ユホ・クオスマネン
ベネデッタ(フランス / オランダ)監督:ポール・ヴァーホーヴェン
エンパイア・オブ・ライト(イギリス / アメリカ)監督:サム・メンデス
逆転のトライアングル(スウェーデン / ドイツ / フランス / イギリス)監督:リューベン・オストルンド
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(アメリカ)監督:ダニエル・クワン 他
フェイブルマンズ(アメリカ)監督:スティーヴン・スピルバーグ
シン・仮面ライダー(日本)監督:庵野秀明
トリとロキタ(ベルギー / フランス)監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ 他
屋根の上のバイオリン弾き物語(アメリカ)監督:ダニエル・レイム
幻滅(フランス)監督:グザヴィエ・ジャノリ
帰れない山(イタリア / ベルギー / フランス)監督:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン 他
それでも私は生きていく(フランス / イギリス / ドイツ)監督:ミア・ハンセン=ラヴ
EO イーオー(ポーランド / イタリア)監督:イエジー・スコリモフスキ
TAR/ター(アメリカ)監督:トッド・フィールド
怪物(日本)監督:是枝裕和
ウーマン・トーキング 私たちの選択(アメリカ)監督:サラ・ポーリー
プチ・ニコラ パリがくれた幸せ(フランス)監督:アマンディーヌ・フルドン 他
スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース(アメリカ)監督:ホアキン・ドス・サントス 他
カード・カウンター(アメリカ / イギリス / 中国 / スウェーデン)監督:ポール・シュレイダー
インディ・ジョーンズと運命のダイヤル(アメリカ)監督:ジェームズ・マンゴールド
1秒先の彼(日本)監督:山下敦弘
君たちはどう生きるか(日本)監督:宮崎駿
ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE(アメリカ)監督:クリストファー・マッカリー
シモーヌ フランスに最も愛された政治家(フランス)監督:オリヴィエ・ダアン
イ・チャンドン アイロニーの芸術(フランス / 韓国)監督:アラン・マザール
バービー(アメリカ)監督:グレタ・ガーウィグ
クライムズ・オブ・ザ・フューチャー(カナダ / ギリシャ)監督:デヴィッド・クローネンバーグ
PATHAAN/パターン(インド)監督:シッダールト・アーナンド
6月0日 アイヒマンが処刑された日(イスラエル / アメリカ)監督:ジェイク・パルトロー
“敵”の子どもたち(スウェーデン / デンマーク / カタール)監督:ゴルキ・グラセル=ミューラー
燃えあがる女性記者たち(インド)監督:リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ
ロスト・キング 500年越しの運命(イギリス)監督:スティーヴン・フリアーズ
ファッション・リイマジン(イギリス)監督:ベッキー・ハトナー
コカイン・ベア(アメリカ)監督:エリザベス・バンクス
イコライザー THE FINAL(アメリカ)監督:アントワーン・フークア
福田村事件(日本)監督:森達也
ヨーロッパ新世紀(ルーマニア / フランス / ベルギー)監督:クリスティアン・ムンジウ
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン(アメリカ)監督:マーティン・スコセッシ
極限境界線 救出までの18日間(韓国)監督:イム・スルレ
蟻の王(イタリア)監督:ジャンニ・アメリオ
ゴジラ-1.0(日本)監督:山崎貴
ナポレオン(アメリカ / イギリス)監督:リドリー・スコット
首(日本)監督:北野武
マエストロ:その音楽と愛と(アメリカ)監督:ブラッドリー・クーパー
ほかげ(日本)監督:塚本晋也
ファースト・カウ(アメリカ)監督:ケリー・ライカート
アダミアニ 祈りの谷(日本/オランダ)監督:竹岡寛俊
鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎(日本)監督:古賀豪
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