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dot.90 情熱が向かう先はいづこなのか

どこからどこまでが?

今日、9月28日はプライバシーの日です。

1964年―昭和39年。

有田八郎元外務大臣が三島由紀夫と
出版社の新潮社を訴えた裁判がありました。

理由としては、三島由紀夫の小説『宴のあと』が
有田元外務大臣のプライバシーを侵したとしたということで、そのことによるもの。

これが日本におけるプライバシーを争点に行われた初めての裁判だったことから、今日がプライバシーの日となっています。

宗田は『宴のあと』を未読なため、
どんな内容なのかをしなかったので、
この記事を書くにあたり、あらすじを読んでみた。


あらすじを読むだけでも面白い!
昨日の記事ではないけど、
男女というのはやはり違いがどうしても
生じてしまうもので、単純に性別というわけでなくとも違いが出るのだけど、情熱の向かう先というのはこんなにも違うのか!?と思わせられる感覚がわずか数行を読むだけでも伝わってきてしまう。


それに対して、これだけの内容にモデルがいて、
その私生活を見聞きして書いていたとしても、
ここまでの作品を産み出すことは容易ではないという衝撃を受けた反面で、
人の私生活にどこまで足を踏み入れていいものなのかを考える作品でもあるのかもしれない。

今は○○砲だとか、○ラ○デーされたなどなど、
政治家に限らず、芸能人や著名人のプライバシーなどは公に晒されてしまったり、それと対峙するようにあらゆるプライバシーが固く守られていたりもする。


表現の自由がどこからどこまでなのか、
まだまだ曖昧でグレーな世界だと思う。

一般人でもSNSなどで晒されてしまうのだから、
何がプライバシーで、プライベートなのか、
どんなことまでが許されていて、どれまでが自由なのかが難しい世の中だと思う。


裁判の話に戻って、プライバシーの争うことがまだ半世紀と少しと考えるとそれ以前は無法地帯だったのだろうか?

と思ったのだけど、昔は野球選手の住所や家族構成などだったり、芸能人の住所や電話番号までが掲載されていたものがあったことを考えると、そういう時代があったのだなぁ~とも思う。

時代は変化する、それに伴って人の感覚や考え方も変化をしていかねばならないが、それに順応出来ないと生きづらくというのもなんだかなぁ~とは思いながら、今日も時の流れに流されていく。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
それではまた。


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