見出し画像

「若き詩人の夜」

詩人の涙は いつまでも止まらなかった
それは彼が それを望んでいたから
今夜も涙は 肌から腕へ 指からペンへそそがれて
滲んだインクは 新たなページを水びだしにした

なにもわからない
なにもしらない
彼の口癖はいつもそれだった

今日の出来事は 今でしか書き残せない
いま心があるこの風景は 今でしか二度と歌えない    
心清らかに 時の流れに漂う
人はいつも見たいものを見たいように見るもの
溢れ出す言葉とは 常に自分との対話でしかないのかもしれない
詩人が拭うのも 哀れむのも 慰めるのも
愛するのも 憎むのも そして見たくないものも
それは詩の中にあって 詩人そのものかもしれない


ああ なんと哀しいことだろう
あなたの瞳から 今 わたしの心を私は見てしまった
幼いままの それは なんて美しく
変わらない 永遠の魂よ
なんと愚かな 無力な小さな魂の欠片の醜きよ
裏腹な他人のようなひとりの自分を詩人は信じていた

詩人はそれを愛と記し そしてまた言葉を贈る
愛の力を信じよう 美しき愛
今も昔も 世の原型は愛だった
そう 愛だった 永久の愛よ

彼はつぶやいた
私はあとどれくらい生きれるだろうか
そしてひどくまた 孤独に襲われたかのような背中越しに
孤独の中にあたたかさを
指先にほのかなともしびを

人は弱いから 醜くもまた 美しくもなる
それは偶然と それは心の置き所
だから人は 愛を語る

新しい夜明けを肌に感じた
それは昨日までの私が伝えられなかった事
夜更けに目を閉じて見える世界
眠れない夕べに鏡に映る世界
美しいと言えるだろうか
光を感じられるだろうか

道は続いてる
そうただ 己のままに
自分の仕事をやればいい
その瞳に映るままに綴り続ければいい

永遠
ほのかな一生
かすかな愛のまぼろし
こんな人間の曖昧さも 認めなくてはいけないのだろう

眠ろう

夜はいつでも明ける
夜はいつでもどこか自分に等しくあまい
愛は愛を許し 愛は愛に目を伏せる
そうならばそれは愛でありながら 愛では決してなく
しかしそれも人の業 愛の業 詩人の描く幼気な
それも愛だと 愛は許す
それはあらゆる詩人のように

人はいつから 愛に不慣れになるのだろう
愛すること 愛されること
自己愛に気がつかない間に 誰かを愛すようになる
想いの乱暴な連なりの悲しきこと
混沌のままのこの詩のように それは決して詩にあらずして
愛と信じ込んだ 詩と思い込んだ それも詩のそのものである
そのたびに幼き詩人は 饒舌に夜を過ごす

詩人は涙をどこまでも止めなかった
それは彼が それを望んでいたから
今夜も涙は 肌から腕へ 指からペンへそそがれて
滲んだインクは 新たなページを都合良く染め変えた
それはそれは美しく
確かにそれでも 愛に満ちて

なにもわからない
なにもしらない
彼の口癖はいつもそれだった

それは彼が それを望んでいたから
いつまでも自分を哀しみに浸しておきたかったから
若さと弱さは いまだけのものだと知らずにいたかったから
それを美しさだと思っていたかったから
詩人に満たない 若き詩人のはじまりに
夜はいつでも いとも容易くやさしい


19980617 / 20170113




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?