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本を読むために

 阿久津隆さんの「本の読める場所を求めて」という本を先日読了した。


 東京にて「fuzkue」というカフェを経営しておられる方である。私がこちらの存在を知ったのはごく最近のことで、「#自宅フヅクエ」という、なにやらみなさん本と珈琲やおやつを一緒の写真にした魅力的(選ばれてる本もけっこう素敵そうなものが多い)なハッシュタグを見つけて、フヅクエってなんぞやと調べてその存在を知った。なにやら、快適に読書をするためのカフェだそうである。

 料金体系が不思議で、オーダーごとに席料が低くなっていくという他で見かけないメニューである。珈琲一杯なら席料900円だけど、そこに一品加えると600円になる、という感じ。滞在時間が長くなってゆくとその分料金は上乗せされていく。

 本の中に、実際使われているメニューが書かれているのだけれど、16ページにわたって書かれているのはいわゆる食事処のメニューではなく注意書きというかお願いごとで、それはもう強いこだわりを感じる。

 そんな「fuzkue」に至るまで、作者の「本を読める場所」に対する日常が真面目に、けれどとてもユーモラスに書かれている本。深く、深く考えられた本。細かいんだけど、すごく「わかる」。いわゆるブックカフェに憧れた時代が私にもあって、読みたい本を抱えて、壁一面に本が並べられた賑やかなカフェにいったこと、ある。その賑やかさになんとなく居心地の悪さを感じたこと、ある。最近でこそけっこう図太くなったけれど、がっつり何時間も読み続けていたいけど珈琲をおかわりすべきか……頼んだところで長時間いるのは迷惑がられているのではないだろうか……という目に見えないものとの駆け引きが本を読みながら頭の中で繰り広げられる感覚……わかる。

 図書館、コーヒーチェーン店、喫茶店、パブ、バー……ありとあらゆる読書の舞台がピックアップされている。それぞれに対する、雰囲気も、ビジネス的な側面も、作者の考えがもりもりに盛られている。この情熱はもはや愛情そのものだと思う。読書好きの鑑というか、ひとつの愛することをどこまでも追い求められるというのは、ただただ凄いと感服するばかりで、そして素敵だった。未読だけれど、「読書の日記」という本に関するあれこれをまとめたエッセイ集にいたってはなんと1000ページを越える圧巻のボリュームであるそうだ。京極夏彦か? 「本の読める場所を求めて」の熱意が素敵だったので、そちらの方もまた読んでみたい。

 こだわりの塊である「fuzkue」には、いつか行ってみたい。そこでゆったりと、数時間心ゆくまでリッチな読書をしたい。しかし、東京在住ではない身では行きたいと思っても気軽に行くことはできない。今のご時世、なおさら。
 なので代わりに、先日、本を読むために、本を読むためのカフェへ久しぶりに足を向けた。


 京都に「月と六ペンス」というカフェがある。

 名作題名を冠したその店名からして既に魅力的である。

 アパートの一室をリノベーションして、カフェとしてひっそりと運営している。10席ほどで、どれもカウンター席となっている。壁や、窓際には店の文庫本が並べられており、そのタイトルを眺めているだけでも「ああ、これは良い本だよね」とか「これ気になるな」とか膨らむし恐らく手にとって読めるのだろうけれど、私には読みたい本があり、鞄に忍び込ませている。

「月と六ペンス」は、独特な雰囲気をしている。入った瞬間に、言葉を発することも躊躇われるような静けさが部屋に満ちている。読書のための、とまでは言っていないけれど、大半のひとが木目の壁に向けて読書をしている。コーヒーを挽く音がかなり響くくらい。まず、入る前から、あまりにも普通のアパートに入っているし看板もめちゃくちゃ分かりづらいので「え、ほんとにここで合ってる? 普通の部屋じゃない? 入っていいの?」と特に初見はかなり戸惑った、緊張した。たぶん、みんなそう。空気が少し張っている。けれど、飲み物をいただいて、本を読み始めれば、次第にその空気に慣れていく。

 ほとんど決まりごとはないけれど、パソコン作業は禁止されている。会話は聞こえてこない。

 残念だったのは、今、ちょうどアパートが工事していて、ドリルの音がかなり響いていたことだ。あの工事はいつ終わるのだろう。正直、そうなることは入る前から分かっていたのだけれど、どうしてもこの場所で読みたくて、最初は耳栓をして読んでいた。途中から工事が終了して求めていた静けさが保たれてからは、耳をふさがず、自分や誰かのページを捲る音に耳を傾けた。

 静寂の中で、読みかけだった本を一冊を含めて二冊読了した。おいしいコーヒーをゆっくり二杯いただいた。とても幸せな時間だった。


 本は、どこでだって読める。家でも、外でも、どこでも読める。だからこそ、わざわざ読書のために外に出ることに、少し抵抗感を覚えることがある。そこにお金をかけることも。とりわけ今は外出しづらい空気であるがゆえに、なおさらだ。けれど、家で行う日常的な読書もいいけれど、外で味わう贅沢な読書の時間もいいじゃん! と全力で肯定してくれた本だった。なんだか勇気をもらった。だから数年ぶりに「月と六ペンス」に行って、その時間を堪能できた。今日は本を読むぞ、と心に決めてしまえば、どこまでだって自分を許せてしまう。それを可能とする場所があるのは、幸せなことだな、と再確認した最近でした。

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小萩うみ / 海
たいへん喜びます!本を読んで文にします。

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