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【能登半島地震を乗り越えた女性防災士が語る】朗報!長野県民ソウルフード「ビタミンちくわ」の生産再開。6月1日から店頭に並んでます

長野県の皆さん、朗報です!スギヨの「ビタミンちくわ」が帰ってきました!今回は、能登半島地震を乗り越えて生産再開を果たしたビタミンちくわの物語をお届けします。

未曽有の地震災害とビタミンちくわの生産停止
元日に発生した能登半島地震は、最大震度7の揺れが石川県能登地方を襲い、家屋の倒壊や道路の寸断、断水など広範囲にわたる被害をもたらしました。七尾市にあるスギヨの本社や工場もこの地震に見舞われ、生産停止を余儀なくされました。

スギヨ北陸工場の古川竜太朗工場長は当時を振り返り、「一番ひどかったのは、天井の欠落ですね。水であったり蒸気であったり、そういった配管関係の損傷も大きかった」と語ります。この修復には5か月もの時間がかかりました。

復興への道のり
未曽有の危機に対し、スギヨでは対策本部を設置し、七尾市の商工会議所会頭を務める杉野哲也社長が陣頭指揮を取り、製造再開を目指して復旧を進めてきました。

そして、地震発生から約5か月後の5月31日、ついに工場再開の日を迎えました。古川工場長は「皆さんにちくわをお届けできるようになりましたし、がんばってやってきたかいがあった」と語り、多くの応援メッセージに感謝の意を表しました。

長野県との絆
ビタミンちくわは1952年に発売され、新鮮な海産物が手に入りにくかった長野県で大ヒットしました。2004年に放送されたテレビ番組でも「長野県民のソウルフード・ビタミンちくわの生みの親は、石川県七尾市の水産品加工メーカー。ビタミンちくわにはビタミンAとEが含まれています」と紹介されました。

現在も約70%のビタミンちくわが長野県に出荷されています。ビタミンちくわが、長野県民に愛される存在となっていたとは、今の今まで知りませんでした。

生産再開とこれから
地震による生産停止を乗り越えたビタミンちくわは、6月1日からスーパーなどで販売が再開されます。ビタミンちくわの復活は、石川県民だけでなく、長野県民にとって大きな喜びとなりました。これからもビタミンちくわを愛し、応援し続けましょう!

余談ですが、スギヨは、鬼滅の刃の禰󠄀豆子ちゃんがくわえている竹筒を「ちくわ」で再現したことでも有名です。

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