アルフレッド・ヒッチコック「断崖」(1941)99分
蓮實重彦先生の「ショットとは何か」が面白い。その「実践編」に、「防禦と無防備のエロス〜『断崖』の分析」という章が出てくる。そのイキイキとした描写を読んでしまったら、映画そのものを確認したくなるのは当然のことだろう。
なにしろ上の写真にある列車で主人公2人が初めて出会うオープニングシーンの描写が、10ページ以上にわたって続くのだ。ヒッチコックはまさにこの写真の構図でカメラ撮影をしているのだが「この映像は本来不自然なはずなのに・・・」と蓮實先生は再三指摘する。
確かに上の写真では、カメラは列車の外側から撮影しているはずなのに、列車の窓枠がない。それどころか、列車のこちら側が全部なくなってしまわないとこのような画像は撮れない。しかし、観客はその不自然さがさほど気にならない。蓮實先生は、それを可能にしているのが、ヒッチコックの天才的な別カットとの編集だという。
とまあ、詳しくは蓮實先生の論考を読んで頂きたいのだが、私はというと、映画と蓮實先生の論考という「映画を、映像と文章で味わう」というなんとも贅沢な経験をさせて頂いた。もちろんヒッチコックはやっぱりすごいし、ケイリー・グラントもジョーン・フォンテインの演技もすばらしい。フォンテインは、この映画でアカデミー主演女優賞を取っている。フォンテインは、東京・港区生まれで東横線に乗っていたというのも面白い。
そして、この映画でも自動車が重要な役割を担っている。背景が合成映像だというのがバレバレな乗車シーンだが、ハンドルを握るケイリー・グラントと助手席に座るジョーン・フォンテインの2ショットにも、ヒッチコック監督は粋な演出をしていらっしゃる。まちがいなく名作であろう。