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読書はたのし「わが闘争」(アドルフ・ヒトラー 平野一郎、将積 茂訳)

 この本つまんねえぞ。
 
 この連載はおもしろい本を紹介するんじゃねえのか。

 そう座を蹴立てたあなたはごもっとも。されど下手な嘘ほどムカつくものはない。
 ないのでもう1度言う。
 この「わが闘争」(アドルフ・ヒトラー 平野一郎 将積茂訳)はつまらん。浮草堂美奈つまらん本ランキングでぶっちぎりの1位死守。2位の旧約聖書を大きく離しての独走1位。
 つまらん上に、読んでいると「そんな本読んでかぶれないでね」とか言われる。つらい。
 それでも紹介せねばならぬ理由がある。どうかお付き合い願いたい。

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 失礼。つまらない本を薦めるのに良心が咎め、おもしろい漫画を混ぜ込んでしまった。
 では、この独裁者の代名詞が執筆した哲学書をご紹介しよう。

 まず、当時のドイツがどんなカンジだったのかを知らねばならぬ。
 そこをちょっとかじっておかないと、全ページチャカポコで埋まったドグラ・マグラになってしまうのだ。
 ドイツ史はとかくゴチャゴチャしているので、参考文献をご紹介する。

 わたくし自身が史実の初見がわからなくなり、急ぎ読んだ1冊だ。
 ゴチャゴチャしたドイツ史のポイントを、すっきりとまとめてある。おもしろい。
 もう1度言う。おもしろい。
 今回わたくしが史実に触れる際は、すべてこの本に掲載されていると思っていただきたい。

 前置きが長くなった。
 そろそろ「わが闘争」本文から引用しよう。

 わたしは我慢してこの種のマルクシズムの新聞記事を読もうとしたが、それに応じて嫌悪感が無限に大きくなってくるので、今度はこの総括的な悪事製造者をもっとくわしく知ろうとした。
 発行人を初めとして、みんなユダヤ人だった。

 本書の内容はこれの×文庫上下である。
 マジだ。
 マジかとお思いだろうがマジだ。
 ちょこっと生い立ちだのごねて鉄道止めた話などがプラスアルファされてるだけだ
 このくだりでは、社会民主党(当時の主要政党。日本の民主党は無関係)びいきの新聞は全部ユダヤ人が作ってる! だからこの国はダメになってる! ユダヤ人を滅ぼそう! だが……。
 この『社会民主党』がその他あらゆるダメなことに置き替えられ、これもユダヤ人のせい、あれもユダヤ人のせいこれもこれもこれも!
 と、文庫本上下にわたってつらつら書いてあるのが本作である。
 学生が歴史を学んでないのまでユダヤ人のせいとある。
 アホか。勉強しねえガキのせいだわ。
 っていうか……、文庫本上下分のダメなことが、全部ユダヤ人のせいって……。
 もう数がおかしいだろ! 
 明らかにユダヤ人の人数より、やってることの数の方が多くなってるだろ!
 冒頭でウィーンの人口200万人のうち、ユダヤ人の人数は20万人とある。
 もともとユダヤ人は都市部在住者が多いにしても、だ。
 10人に1人はユダヤ人で迫害が成立するか! あんまりマイノリティじゃないだろうが!
 迫害する側に立つなんて圧倒的多数派にならないと無理だぞ! 少数派が多数派の不興を買うと学級会だからな!
 実際、当時のドイツ全体のユダヤ人人口は50万人だったらしい。全人口の1%もない。
 この記述は「ホロコースト:学生のための教育サイト」よりだ。

 ウイーンはオーストリアの首都である件については後述する。
 とかく、未来の総統閣下が数字をメガ盛りしていたことが伝わればよい。
 盛りすぎだ! あゆ世代ギャルの睫毛か!

 メガ盛りのバレバレ……。
 あげく、どの章も「今回もユダヤ人のせいでこんなにダメ、だろうな」とオチが読める……。

 つまらんわこんなもん!!

 こんな駄作がベストセラー!? ハア!? ざっけんな! おかしいだろ!

 おかしかったんである。
 金がなさすぎておかしかったんである。
 この「わが闘争」は、ヒトラーが獄中で執筆した作品だ。
 この頃のドイツは経済がめっためたであった。
 正確にはドイツではない。ワイマール共和国だ。
 第一次世界大戦敗戦を機に、君主国家ドイツ帝国は議会制のワイマール共和国に変わった。
 さきほどちらっと触れたオーストリアも、王国ではなくなっている。
 ドイツ史のめんどくせえところ……。ドイツはもともと「ドイツ地方」が統一されてドイツ帝国になった国である。
 帝国建国は1871年。日本では廃藩置県が実地された年だ。意外と新興国なのだ(奈良しぐさ)
 ゆえに帝国から外れたオーストリア生まれのヒトラーも(正確にはもっとゴチャゴチャしているのを略して)、ドイツ地方出身ドイツ人である。
 ヒトラーといえば「第二帝国」
 実態は君主制の欠片もねえ民主国家であると覚えていただきたい。
 ヒトラーも普通に合法的に、選挙で勝って総統になっている。

 さてこのワイマール共和国、貧乏だった。
 敗戦した賠償金が巨額の上、滞納して工業地帯を差し押さえられたのだ。
 伝説のハイパーインフレがおきたのもこの時代である。
 レンテンマルクなる紙幣が発行される有様だった。1レンテンマルクが1兆マルク。1ドルは4兆2千億マルクだ。
 桁がおかしい。
 結局いくら払えばいいのかわからんだろうが。こっちは2桁の足し算があやしいんだぞ。わきまえろ。
 とかく、貧乏だった。そして――。
 
 金より大事なものはたくさんあるが、大事なものはすべて金で守られている!

 金がないと人間は無意味にイライラし、同時にヒーローになりたい欲求が増す。
 つまり、正義のヒーローとして誰かをぶん殴りたくなるのだ。
 しかし、正義のヒーローになるためには、悪者がいないといけない。
 悪者役は決まっている。
 金を持っている少数派だ。
 だから金融業に多く関わっていたユダヤ人が、悪者役とされたのだ。
 第一次世界大戦はユダヤ人のせいで負けたとか言われたのだ。
 ホントにユダヤ人がみんな金持ちだったわけではない。
 金貸しイコールユダヤ人、そう思い込んでいただけである。
 そう思い込んでいたから、「わが闘争」に熱狂したのだ。
 悪者をやっつけてくれるクリーンな政治家に投票したのだ。
 アドルフ・ヒトラーに投票したのだ。
 正義のために、やっつけたのだ。

 やたらと熱が入っているのは、わたくしもネトウヨになりかけた時期があったからである。
 恥の多い生涯の中でもハイレベルな恥を明かそう。
 就職氷河期のまっただ中のころだ。
 数え切れないほど落とされ、やっと食料品店にバイト採用されたが……。
 ほかの従業員は従業員割引の冷凍パスタを昼食とする中、持参したもやしと1袋80円のバターロールを食べていた。
 パスタ組は家庭ある主婦や正社員、かつ時給は最低賃金でなかったのだ。
 一方こちらは最低賃金から賃上げはなく、一人アパート暮らしであった。
 そんなバターロールデイズに、韓国との賠償金問題が持ち上がり。
「韓国に何億も金を奪われる!」とネトウヨになりかかったのである。
 危ないところで救ってくれたのは、歴史・軍事に関する本と救急安心センター。
 あなたもこの2つを覚えておいてほしい。
 1つ目は救急車を呼ぶか迷ったら、#7119に電話すること。
 2つ目は、知識はワンクッションになるということだ。
 
 ネトウヨ問題について語れるほどの知識はないので、別の「悪者」を例に挙げさせていただく。その程度の知識でもワンクッションに使える。
「自称サバサバ女は「女同士の、嫌いな相手でも女子グループの付き合いがあればリムらないところが嫌いなんだよね」などとほざき! 男女の差を乱用して自身の悪質な性格をごまかそうとする害虫である! 善男善女たちよ! やつらを1人残らず抹殺せよ!」
 こういう主張をきくと、わたくしはかなり食い気味にのりかける。
「そうだ! そういうヤツはいざリムると、「なんで私の創作アカウントだけリムらないんですか。私のこと嫌いなんでしょ? ちゃんとリムった理由を説明してからブロックしてください」とかDMしてくる! ぶっ殺すべきだ!」
 ここでワンクッションだ。
「いや、こういう全員殺すべし的な論って、戦争前の歴史によく出てくるぞ。戦争は勝っても負けても割に合わないぞ。やる前にぶっ殺したい対象を正確に考えてみよう
と、ワンクッション考え。
「同人誌即売会開会までギリギリチョップな設営をしているときに、毎回ガキの写真を見せに来て、開会中は絶対来なかったあの自称サバサバ女を抹殺しよう。飼ってる猫の名前がギガマックスなのが最高のネタと信じて、毎日ツイートしていたあの女だ。他のサバサバ女は知らない人なので抹殺しない」
 このように返答を変える。
 わたくし的にはまっとうな動機である。
 しかし相手にしてみれば
「てめえの私怨なんか付き合ってられっか」
 しかない。
 しかないだろうが、両手の指で数え切れないほど怨敵がいるわたくしですら、私怨でないものは皆無なのだ。
 案外、あなたもそうだったりはしないか?
 ワンクッション考えれば、気づけるヤツだったりしないか?
 別に全員でなくていい。私怨の対象だけでいい。むしろ殺さなくていい。「設営の邪魔です」と言うだけでいい。
「わが闘争」はつまらない。
 けれども、ワンクッションの元になる。

 同時にゆるくて真面目でホッとする日常実録漫画、「ベルリンうわの空」いかが?


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