読書はたのし「陰陽師と天狗眼―巴市役所もののけトラブル係―」(歌峰由子)
今月号はペテルブルクのスイートルームで毛皮のみ身にまとい、シャンパンを注ぐ用の男、持つ用の男、ぶっかけられる用の男をはべられせて書いていると思っていただきたい。
来なかった。よってわたくしに刃向かうな。
スタヴローギンがシャンパンをぶっかけられる度に、注ぐ役のムイシュキン公爵がビビるし、持つ役のイワンが悪魔を見るぞ。
よし、想像したな。
それでは、世知辛い本の話をしよう。
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「陰陽師と天狗眼―巴市役所もののけトラブル係―」(歌峰由子)
この夏発売したての新刊だ。しかもデビュー作である。
青田買いのブルジョワ趣味を満たすには絶好の1冊だ。
広島県の架空のまち、巴市にて。
市役所特殊自然災害係――通称もののけトラブル係――の新人職員と、彼の大家にしてフリーの拝み屋にして居酒屋バイトコンビが。
心霊現象を解決していく物語。
既に一定の年齢層が「うわ~! 昔っからそういうの好きなんだよね~!」とアゲアゲだと思う。
具体的には、野村萬斎の陰陽師にハマった世代だ。
ご期待通り。タイトル通り。市役所職員の方は陰陽師である。
長い黒髪に中性的な容姿のイケメンで、体内に白蛇を宿していて、高名な拝み屋一族の血を引くが外腹で、公務員なのに生活力がない。
繰り返す!
わたくしの最燃え要素たる、「生活力がない」を持っている男だ!
バディの片割れ大家は田舎では浮く金髪で、特殊な瞳『天狗眼』を持っており、天涯孤独で、生活力が高い。
繰り返す! 生活力がない者と高い者の美青年コンビだ! 最高の最高! 1冊の甘露!
バシャン!
ああ、驚かせてすまない。
「かわいそうなBBAだな」とかぬかす者がいたようなので、スタヴローギンにシャンパンをぶっかけていた。
この主人公スペックを聞いただけで、ポチった方が1億人くらいおられるだろうが聞いてほしい。
この小説の最も美味なところは、世知辛さである。
地方公務員の世知辛さである!
まず主人公美郷は500倍の倍率を突破して採用されている。
東京の大企業なら、住居に「庭を化け物が跳梁跋扈している、風呂トイレ台所共用で大家と同居の民家に下宿」は選択肢にないだろう。
だが! 地方は違う!
500倍の倍率の方は当たり前だが、それは正規採用がツチノコと同率レアだからであり!
給料は民間より低く設定されがちなくせに、まず民間の給料が低く!
実家から自動車で通勤しない人類などいない前提の、家賃補助交通費設定!
副業禁止は、安心の残業で副業する時間なし!
少子高齢化解消のため結婚を推奨するのも仕事なわりに、自分1人生きていくのがやっと!
それでも倒産がない公務員には、応募殺到ほぼ非正規雇用!
新人に奨学金を払う余裕などないが、大卒ばかり採用したがるバブル世代!
ついでに会社員、公務員、商店経営、医療関係者、農業漁業林業以外は無職と見なされるため、「無職が過労で倒れた」がある!
それが地方!
住む場所や職業は選べると思っている段階で、生まれつき口から石油を吐けるくらいラッキーだうらやましい!
バシャン!
今のシャンパンは、自分で勝手につらくなったのでぶっかけた。
原稿用紙1枚分愚痴ってしまったが、新人地方公務員が詰む条件は伝わったと思う。
実家に頼れず、奨学金を自分で払い、扶養家族を抱えていると詰む。
宮澤美郷22歳、当然詰んだ。
それでは先ほどの「生活力がない」はおかしいのでは? ないのは地方の経済力では?
と、不審がる方も多かろう。
そうだな……。そう思うだろうな……。
でも、仕事でミスって1か月凹んだ結果――。
ゴロゴロ寝てばかりいるのを見かねた大家に素麺ゆでてもらうのは、やっぱり生活力ないと思う!
と、いうか第1話で「一昔前の漫画に出てきそうなヤンキー様」と思った人が!
「俺ん家の離れはいかが?」とか物件紹介されて入居しちゃうあたりでないと思う!
普通に危ないと思う!
結果的にその大家さんは縁側でゴロゴロしてたら素麺ゆでてくれるし。
バイト先の居酒屋では、ツケでごはん食べさせてくれるし。
扶養家族は金のかかるペットとして扱ってくれるけど。
やっぱり訳ありだったじゃん!
……こうして書くと、ちょっと訳ありなぐらい全然アリに思えてきましたね。大家こと狩野怜路。
いや、だって、居酒屋経営じゃないんですよ、怜路。バイトですよ。
それを「おなかすいたー」って下宿人が来て、財布あけて「お金なかった」からってツケにしてあげるのは……。
絶対自分の給料から出してあげてるじゃないですか、その注文!
うわ、いいヤツ……。
美郷が入居三か月で家賃滞納してもその待遇……。
え、もはやスパダリじゃない? いや、美郷は別にハニーじゃないからフリーのスパダリ? たいへんだ! 有力株がここに!
バシャン!
今のは正気に返るためのシャンパンだ。
このように、ゼロゼロ物件なら即家財道具一式が道に捨ててある美郷だが……。
陰陽師(性格には陰陽道系の術者)としては次期エースである。
巴市役所特殊自然災害係の次期エース。
圧倒的に優れた陰陽師だ。
陰陽師としては優れているが、新卒の地方公務員なので、いろいろ失敗もする。
いろいろ理不尽な目にあったりもする。
体内に飼っている扶養家族が調伏されかけてしまったりもする。
バシャン!
体内に飼っている扶養家族に不気味さを感じた者がいたので、シャンパンをぶっかけた。
繰り返す。わたくしに刃向かうな。
体内に飼っている扶養家族とは、蟲毒の呪たる白蛇だ。
肌に鱗の模様が出たり、妖怪変化をバクバク食べたり、そもそもこの白蛇を封じておく紙代等で美郷の経済的負担に拍車がかかったり、夜中勝手に出歩いて化け物屋敷の化け物をおやつに食べたりするが、不気味というには――。
……今のシャンパンはわたくしが悪かった。
だが! みんな好きだろう、そういうの!
蟲毒(野村萬斎陰陽師世代はなぜかみんな知っている)を逆に取り込んだ「蛇食い」とか!
好きだろう!? 長い黒髪の美青年の肌に浮かぶ白銀の鱗とか!
わたくしは好きだ! 野村萬斎世代だから!
バシャン!
今のはちょっと冷静になるためにぶっかけた。
完全に冷静になっては、現在地がペテルブルクではなく奈良県だと気づくのでやめておく。
そう。この物語は「蛇食い」たる自身と美郷が向き合い。
そして訳あり大家の怜路の「訳」に立ち向かう物語。
さらにお役所仕事として、怪奇現象に立ち向かう物語。
そしてやっぱり、地方公務員は世知辛えという物語だ。
野村萬斎に反応する方、「陰陽師と天狗眼―巴市役所もののけトラブル係―」いかが?
あ、野村萬斎の方が気になった方はこちら。
次回は11月27日(金)。1年間の読書はたのし記事まとめ+書き下ろしを、有料記事にて公開します。100円です。お楽しみに!
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