松田康宏さん - 財務の目で国際関係を見る人
財務公使の仕事
在英国日本国大使館の財務公使を務めています。主な仕事の内容は、英国のマクロ経済・財政・金融に関する情報収集など。公式なレセプション等への出席や個別面会を通じたネットワーキングに努めるかたわらで、日本酒輸出振興が国税庁の管轄であることから、日本のお酒を英国に広めるためのプロモーションも担当しています。
今年(2023年)2月にジャパンハウス・ロンドンで開催された令和5年天皇誕生日祝賀レセプションでも、ブースを設けて来賓に日本酒を振舞いました。
実は、在外公館への出向は今回が初めてではありません。ニューヨーク、ブリュッセル、そして今回のロンドンで3回目です。
最初のニューヨーク駐在はアジア通貨危機(1997年)の直後でした。総領事館はミッドタウンにあるのですが、私がいた財務部は当時ウォール・ストリートにあり、米国のマクロ経済や金融にかかわる情報集めに奔走しました。任期を終えて帰国してからも、財務省国際局で、アジア通貨危機の再発防止のためのASEAN+日中韓の二国間通貨スワップ取極のネットワーク*づくりや、そもそもの危機発生の原因であったドル依存から脱却するための現地通貨建の債券発行**などの仕事に携わりました。
2回目の海外駐在は、ベルギーのブリュッセルにある欧州連合日本政府代表部でした。こちらはギリシャ危機(2009年)の余波の中で、当時のECB(European Central Bank)のドラギ総裁が欧州債務危機に際してユーロを守るためならなんでもやるという姿勢を示していた時代です。南欧諸国に対する金融支援策や、ユーロ圏における銀行監督・破綻処理の一元化に関し、ユーロ加盟国からの情報収集を担当していました。また、ブリュッセルでは在ベルギー日本国大使館の仕事も兼務していました。
もちろん、国内での仕事もしてきました。財務省関税局で貿易の円滑化や不正薬物の取り締まり、内閣官房で成長戦略策定、金融庁で金融機関の自己資本比率規制に関する国際的な統一基準(バーゼルⅡ)を日本の規制に移し替える仕事などに携わってきました。
印象に残っているところでは、外務省国際協力局の緊急・人道支援課へ出向していたこともあります。海外で大きな地震や津波などの災害があった時に日本の救助チームや医療チーム、自衛隊部隊の人たちを派遣する仕事や、世界各地の紛争地で人道支援を行っている国際機関への資金拠出に関する仕事ですが、JICA(国際協力機構)傘下のJDR(国際緊急援助隊)、国連機関であるWFP(国連世界食糧計画)やUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)等とのやりとりや予算取りを担当していました。JDRの派遣や国際機関への資金拠出はまずは相手国のためにするものですが、外交上大切なことでもあるので、日本の顔が見えるようにすることが大事です。仕事柄、当事者の方々が晒されている悲惨な現実を目の当たりにすることもあり、いろいろ考えさせられることもありました。
官僚のキャリアは、何かの専門性を磨くと言うよりは、1、2年ごとの人事で全く違う分野に異動しながら、幅広い仕事のなかで自分の性質が決まっていくのが一般的です。私はスタンフォード大学で客員研究員をしていた時期も含めると在外ポストが4回目なので、そこまで在外勤務が多いのは財務官僚としてはちょっと珍しく、広い意味で、財政・金融に軸足を置いた国際関係の仕事が多いと言えます。
ESSで刺激を受けた学生時代
海外に対するなんとなくの興味は、10代の頃から持っていました。中学・高校がキリスト教系の一貫校でしたので、外国人の教師が多かったのです。でも、実際に海外と関わる仕事をしたいと考えるようになったのは、法学部で国際私法のゼミに所属して、国際裁判管轄や国際金融に関する法律問題などを勉強した時のことです。英語ができるようになりたくて、一時期、ESS(English Speaking Society)にも所属していました。日本人同士でがんばるので限界はあったと思いますが、東京外国語大学や早稲田大学、慶応義塾大学などいろいろな大学から英語が好きな人が集まるサークルで、仲良くなったり、ディスカッションしたりで良い刺激をもらいました。
最近の若い方と話すと、日本にいながらにして流暢な英語を話す人が本当に多くなってきていると感じます。今は、語学習得の手段にもさまざまな選択肢があるのだと思いますが、そのような興味関心がある方は、なるべく早いうちに海外留学や海外就職のチャンスをみつけて挑戦してください。実際に海外に出てみてはじめて気づく日本の良さがたくさんありますから。
日本社会の課題と変革
日本は、日本人が思っている以上に良い国だと思います。諸外国に比べてなんだかんだいっても社会が安定していますし、食べ物も美味しいです。
ただ、私の所管である財政にも関わるところですが、今後の少子高齢化への対応は真剣に考えねばなりません。明らかに社会の担い手が減るので、外から異なる文化や常識を持つ人たちが入ってくることを前提に、未来を考えていかねばなりません。
観光客を呼び込むということにとどまらず、日本でビジネスをしたい外国人にとっても暮らしやすいように仕組みを変えていかねば。また、もともと日本にいる人たちにとっても、もっと安心して子育てができるように社会にしていかねば、今ある日本の良さも損なわれてしまいかねません。
今の日本の社会の制度設計は、ある意味メンバーが全員普通の日本人であることを前提に出来上がっています。お父さんとお母さんがいて子供が1人か2人いてという…いわば「標準世帯」を想定して様々な仕組みができていて、ちょっとでもそのモデルから外れた人にとっては、暮らしにくいところがあります。また、基本的に人は動かないものというのが前提になっています。日本人は日本にいて、日本にいる人は全員日本人かというと、実は、既にそうではないのです。
「多様性」、「ダイバーシティ」という言葉は最近言われるようになってきましたが、まだまだ欧米に比べると、日本ではその理解も実装も十分進んでいないと感じます。移民問題はどの国も頭を悩ませているテーマですが、ロンドンでもブリュッセルでも「外国人はいて当たり前」というところから制度ができていました。そのような、欧州の取り組みや経験から学べることは多いと感じています。
おすすめの美術館
本来は山登りが好きなのですが、イギリスには高い山がありません。だから、休日にはもう一つの趣味である美術鑑賞に行ってリフレッシュしています。幸い、ロンドンにはエントリー無料の素晴らしい美術館がたくさんあります。イギリス美術の中では特にラファエル前派の絵が好きなので、有名どころではナショナル・ギャラリーとテート・ブリテンには何度も足を運んでいます。また、比較的小さいですが、ウォレス・コレクションやギルド・ホールのアートギャラリーなども、置いている絵が素晴らしいのでおすすめです。
一方で、私は料理が得意ではないのですが、今回単身赴任で来ているので「料理が上手にできたらよかったなあ」と思うことがよくあります。ロンドンでは外食がずいぶん高く、同じ外国の都市でも、独身時代に過ごしたニューヨークには美味しいデリなどのテイクアウトの店がたくさんあったと懐かしく思い出したりもします。でもやはり、食べ物についてはどこにいても日本が一番ですね。
この3年間の任期を終えたあと、次に何をするかはまだ決まっていませんが、直前にいた関税局に戻るにしても、現在の役割の延長で金融分野の仕事をしていくにしても、ここイギリスで得た人脈や知見を活かして、日本の未来がより豊かで様々な人にとって住みやすい国になるように変えていくことが、私の使命だと考えています。