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【超短編】私たちはガラス瓶
逃げ出したい夜の往来。
私と親友は、現実からエスケープした。
真夜中、三時。
誰もいない中学校のグラウンドは、恐ろしいほど広くて、今にも呑まれそうだった。
これは、夜眠れないときの私たちの癖だ。彼女が私に電話をかけ、二人して、去年まで通っていた中学校へ向かう。グラウンドの端に置かれた石の置物に腰掛けて、明け方まで語らう。一番の幸せだと思う。
彼女は私に親友という名前をくれた、唯一の人だ。そこに私は優越感や自信を見出して、それを手繰り寄せるようにして今日も生きている。だが、私は彼女に何か与えることができているのか、それが常に不安だ。
彼女はあまり自分のことを話さなくて、その首にくっきりと浮かぶ赤い縄のような跡の理由も、細い左手首や太ももに浮かぶ無数の赤い直線の理由も、いつもポケットに忍ばせているカッターナイフの理由も、何一つ教えてくれない。不自然なところにある痣も、弱く笑う目の下のクマも、大丈夫だよって笑い飛ばされてしまう。大丈夫なはずがないのに、未だに聞き出せない。
「この前、ママとケーキ作ったよ」
高校生とは思えぬほど無邪気に彼女は笑う。聞く限り両親とは仲が良さそうだと思っていたが、最近どうも違うことに気が付いた。
「ママが卵を床に落としちゃってね、わたしのせいだって怒るから、わたしが片付けた。偉いでしょ〜」
「…そのときルルは何してたの?」
「わたし?家にいなかった。わたしはママが買い忘れた生クリーム買いに行ってたもん」
「じゃあ、ルルのせいでは無くない?」
「え?ママがわたしのせいだって言ったんだからわたしのせいだよ」
多分、洗脳とかいうやつなんだろう。彼女にとって母親は絶対的存在で、どれほどの理不尽でも従うしかないのだ。
「それでね、わたし、とっても幸せ!」
「…そっか」
そんなに綺麗な瞳で笑わないでくれ。何も知らない、何もできない自分が、物凄く情けなくなる。哀しくなる。
「ルルは本当に幸せなの?」
「幸せだよ」
「じゃあ、その左手首の傷は…」
「あ…まぁ、なんでもいいじゃん。わたしは幸せなんだから、さ!」
「幸せな人間が、そんなことするか?」
今日こそ、話を聞かせてよ。このまま引き下がれない。私はルルを放っておけないんだ。
「大丈夫だよ。わたし、ちゃんと幸せ…」
彼女が言葉を詰まらせた。街灯が照らしているその横顔に涙が見えて、私は彼女の手を握る。冷たくて、今にも消えそうな手。薄くて、細くて、震えている手。彼女は一体その両手に、どれほどの荷物を抱えていたんだろう。零れ落ちた苦痛を左手首や首に住まわせてまで、抱えていなきゃいけない荷物なのか。
「ほんとに幸せ?」
「しっ…幸せだもん。モモと親友になれただけで充分だよ」
涙に濡れた顔でそんなことを言われたって、全然説得力がない。彼女の本音は、いつだって後回しにされたままだ。だから私が我儘を言う。私にはそれしかできない。
「私は全然充分じゃない!」
演じろ。本音をもっと大袈裟に、伝えたいって思いを込めなきゃ、伝わるものも伝わらない。
「私は親友っていう名前だけなんていらない。そこに何も満たせないままなんて絶対に嫌だ。透明なガラス瓶が空っぽのままあるんだから、飴でもラムネでも入れて、もっと沢山落書きしようぜ。もちろん一緒に」
だって、ほら、まだ。
「まだまだ私は足りないよ。一緒に駅前にできたカフェに行って、一緒にケーキを作って、一緒に動物園や水族館も行って、カラオケも行こう。それから、ライブにも行こう。あとはーー」
捲し立てる私を呆気に取られたように眺めていた彼女は、次の瞬間ゲラゲラ笑い出した。
「モモってば、花火大会を忘れてるよ」
「あっ、ああ。花火大会と、あと…」
「あと、映画も!ふふっ、全然充分じゃなかったね」
「でしょ?一生かけて満たしていくんだよ」
ガラス瓶は、きっと脆くて割れやすい。だからこそ綺麗で、透明で、美しい。まるで、彼女みたいに。私たちみたいに。ずっと、大切にしなきゃいけない。
「あ、そうだ。それから毎晩ここで話すことも追加だね」
彼女が私を見上げる。時計はまだ三時半だ。まだまだ日が昇るまで時間がある。
「そうだ、じゃあ明日も電話をくれたら、なにかお菓子を持って行くよ。二人で食べよう」
「えー、お菓子って、どんな?」
目を輝かせて私の腕を掴む彼女に安堵して、私は口元を綻ばせる。
「明日になればわかるよ」
だから、それまで生きていてくれ。
こんなこと、ルルには絶対言えない。苦しめてしまうだけだとわかっているからだ。
でも、それでも私は彼女に生きていてほしい。
「わかったよ。待つよ」
そう言って抱きついてくる彼女と、我儘しか言えない私の仲だけは、永久不滅であってほしい。永遠なんて有り得ないけれど、願うだけ私の勝手だ。そう自分に言い聞かせて彼女の髪に触れた。
私が何か言うことで、現状が変わったわけじゃない。だけど、飴玉の一つくらいは、ガラス瓶に溜まったと思う。
読んでくださりありがとうございます。
まず冒頭の「逃げ出したい夜の往来」、これは私の好きな米津玄師さんの曲「感電」の歌詞です。本編と特別関わりがあるわけではないのですが、なんとなく引用させて頂きました。
そして、主人公モモの「私は親友っていう名前だけなんていらない。そこに何も満たせないままなんて絶対に嫌だ」という台詞ですが、これは私の親友が言った言葉をお借りしたものです。親友が言ったのは「私は親友っていう名前だけなんていらない。その中にちゃんと思い出とか全部詰まっていなきゃ嫌だ」のような言葉だったので、ほぼそのままです。尚、許可は頂いておりません(笑)。
また、これはどうでもいい情報なのですが、「…の仲だけは永久不滅であってほしいと思う。永遠なんて有り得ないけれど、願うだけ私の勝手だ」という言葉は私の日記から発見されたものです。あまりマメに日記を書くほうではなくて、それこそ昔書いた小説「天使が泣いた日」のような、心に残った日だけ文字に残すような怠惰なものなんですが、そんな日記にその一文だけ書かれていたのできっとなにかがあったのだと思います。
ちなみに誰との仲かというと、もちろん親友の名前が書いてありました。親友大好きじゃん、ってね(笑)。
それでは、また次作で。
良ければスキと、感想もお待ちしています!
ありがとうございました(*´꒳`*)!!
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