さてクムク語訳LPPによる言語紹介記事も、あまり長引かせる意味はないよなあと思いつつ、一度やりだした以上は最後までやり遂げることも大事だろう(我ながらいいこと言うたりましたわ)ということで、第2章の各文の分析を続けていこうと思います。
前回までの記事は以下の通りです。
これはクムク語に限らず、トルコ語以外の言語で気になっている現象が入っている構文です。何がといいますと、「ある/ない」のように存在をあらわす述語としてここではyoq「ない」が文中に現れているのですが、この述語に直接格語尾がつけられるというのが個人的に面白いところです。
ウズベク語あたりにこれとよく似た現象があるような。このテーマについてはどこかでまた言及します。
あとは文末の付属語čïが面白いところで、これは書き言葉としては前の語と分かち書きするようですが、母音部分は前の語の最後の母音に合わせて=či/=čü/=čï/=čuと変化するようです(cf. Pekacar 2008: 1000)。この点、トルコ語の疑問を表す付属語=mIとも似ている点ですが、どうもこのクムク語の=či/=čü/=čï/=čuは単に疑問文でだけ使われるというわけでもなさそうで、固有の意味・機能がどういうものかというのは別に調べないといけなさそうです。誰かがすでに研究というか、説明していそうな気もしますが。
さて、以下はひとまず淡々とグロスを充てたのち、和訳していってみます。それぞれの詳細な解説はひとまず省略します。必要に応じて後で書き足すとは思いますが。
余談ですが、この文の"ullu qoy"の部分を見て、今まで"qozu"に「羊」という訳を充てていたのをすべて「子羊」に書き換えました。
では今回最後の文を分析して、今回のエントリー(第3回)は終了ということにしましょう。
いやー…何回も言っているのですけど、第2章、長いっすな…。
しかしここまでの各文の和訳からおわかりのように、「ぼく」と王子さまの羊の絵を描くやりとりはもう少し続きます。次回で、ブチ切れた「ぼく」が例の羊が入っている箱を描いてみせると王子さまは…のシーンに入るというわけです。
やれやれ。ようやく言語学アドベンター参加への準備ができましたね。ほんとにね…もっと短い章を選べばよかったっすわ…まあ今さら仕方のないことではありますのでそれはもうあきらめて、次回でなんとか完結しましょう。
とりあえずここまでクムク語をながめてみて思うのは、テュルク諸語の典型的な特徴はかなりの部分共有しているなということと、所有格と目的格がかたちのうえでは全く同じなのに、読んでみると意外に混乱しないでどちらの格なのかわかってしまうなということです。
あとは、母音調和のルールがクリアだなと思う一方で、両唇音/w/で終わる語の後は、後に続く母音が必ずu/üになっているのが注意を引きました。これは文法解説の文献でもちゃんと説明されているんですねえ(cf. Pekacar 2008: 969)。トルコ語やアゼルバイジャン語では見慣れない現象で、こういうのがあるからテュルク諸語はいろいろ見てみたいなとも思うなどします。