続・紙物語|事件現場は駐車場
※画像は被害者N(LF123456W)
わたしは紙幣一族の末裔である。
これは我が一族に語り継がれる悲劇である。
ある一人の紙幣に起こったかくも悍ましい悲劇の物語である。
紙幣一族について知りたし方は一族最古の古文書を参照されたし。その古文書は、古紙記、と呼ばれている。紙だけに。
かつて、これ程までに穢された漱石がいただろうか。いや、いない。断言する。万が一居たならば、この国は滅びよう。それ程までの穢れである。この穢れを清めたまえ。
秋晴れのある日のこと。
どこもかしこも駐車場ばかりの国のとある駐車場。事件は起きた。無惨にも丸められ、穢され、遺棄されたガイシャ。最初に駆け付けた捜査員がおもわず両手で口を覆うほどの惨状であった。
第一発見者は、駐車場利用者の民Oであった。彼が『さすらい』の旅から戻り、愛車を駐車した際のこと。旅は終えたが鼻歌で続くさすらいに気分は上々。
「民O、サイコッチョー!ひゅぅ〜♪」
と口笛吹きつつ小気味良いStep(ネイティブ発音で)で下車し、バタンと勢いよくDoor(ネイティブ発音で)を閉めた彼は、ふと、違和感を感じて後方に目をやった。何かがあることに気づいた。
こぶし大の盛り土?いや、こんな所にそんなものあったか?民Oは自問した。いや、ない。すると、あれは何だろう。嫌な予感はあった。しかし、確かめずにはいられなかった。何やら禍々しい力に呼び寄せられるかのように、民Oは盛り土へと吸い寄せられた。既に日は沈み、辺りは薄暗かった。朧げな形状だけが闇に浮かんでいた。確かめるために目を凝らして顔を近づけた…
くっっっっっさ!!!!
悪臭が鼻をツンと突いた。この世のものとは思えない臭いだった。ヘドロと堆肥とクサヤの漬け汁と水虫おやじの靴下と耳の裏をこすった後の指を三角フラスコに入れてアルコールランプで煮立てたような悪臭だった。民Oは思わず叫んだ。
何じゃあ、こりゃー!!!
得体のしれぬ異界の異物が鎮座していた。しかし、それが何であるかは分からない。盛り土の上に何かがある。目を凝らす。もみくちゃにされた何某が乗せられている。恐る恐る手を伸ばす。カサ。乾いた音がする。紙…か?民Oは、街灯の方へ向きなおり、手にした紙のようなものを広げる。
広げたそれは千円札だった。夏目漱石の顔が確認できた。間違いなく千円札。だが、漱石の顔の部分には何かが付着して薄汚れていた。本能的に民Oは、臭いを嗅いだ。「!!!」それはよく知る臭いだった。お部屋のフレグランスではないことは確かだった。民Oは何かを思い出したかのように盛り土の所へと掛け戻り、その正体を確かめた。糞だった。しかも、人糞。
糞じゃあ、こりゃー!!!
漱石の顔の汚れは、こそげ取られた糞だった。これは、つまり、脱糞かつ惨札された紙幣遺棄の現場にほかならなかった。
捜査班・民Aが集めた情報から、犯行時間は午後三時から六時の間と推定された。
また、鑑識班・民Bにより付着物の分析が行われ、同一人物による犯行であることが確定した。
罪状|野糞および殺紙幣
我が叔父に当たる漱石は、ひとりの人間の暴挙によって汚物で穢された上に抹殺された。一族の誰もが目を覆いたくなるこの事件、ホシの検挙と真相の究明が待たれていた。捜査には、前代未聞、管轄署総動員での捜査が続いていた。人海戦術、なにせ枚数だけはあった。捜査員たちは、現場百遍、地取り鑑取り、僅かな可能性も逃すまいと、四角い足と頭を使い走り回った。紙だけに。
証拠は、出揃っていた。
しかし、集まったバラバラの点を一本の線に繋げられる者はいなかった。我が一族は、代々、薄っぺらい思考しか持ち合わせていなかったのだ。紙だけに。
もはや事件は迷宮入りかと誰もが諦めた、その時だった。
(ピピピピッ♪)
(ピピピピッ♪)
タイマー音が鳴り響いた。
現場に張り込んでいた民Cがいち早く気づき、叫んだ。
民C「おジャガでござる!おジャガでござる!」
民Cの叫び声とともに、颯爽と現れたひとりの刑事こそ、数々の難事件を解決に導いて来たと言われる伝説の刑事であった。人は皆、彼のことを『ジャガイモ刑事(通称・ジャガデカ)』と呼ぶ。
「待たせて候、ほっくり参上!」
彼のお決まりの台詞がこだまする。そこへ捜査本部から「公安が到着するまで待機せよ」との命令が伝わる。ジャガイモ刑事がピシャリと言い放つ。
「事件は会議室で起こってんじゃないジャガ。駐車場で起こってんジャガ!」
その声に動かされた現場の捜査員が皆、次々と彼の周りに集まり状況を報告する。寄せられた情報には本部へ届けられることなく行き場を失っていた小さな手掛かりも含まれていた。その一つひとつと、いや、捜査員一人ひとりと、ジャガイモ刑事は真摯に向き合った。それが、彼の仕事の流儀であったからだ。
ひと通り聴取が終わると、彼は持参した小ぶりの鍋のなかに入り、火をつける。そして逡巡する。集めた素材からひとつの料理を作るように。落とし蓋の隙間から白い湯気が立ち上る。出来上がりの合図た。静かに落とし蓋を開け、ゆっくりと姿を現すジャガイモ刑事の顔は水分で艶々に輝き、潤っている。
「蒸し時間は過ぎジャガ。
謎は、すべて、解けジャガー!」
その後、ジャガイモ刑事の推理を確かめるように捜査は急ピッチで行われた。バラバラだった点と点がするすると繋がっていった。まるで、蒸した芋の皮が剥けるかのように。するるーするるーっと。翌々日、裏どりを済ませた捜査員によって、ひとりの土木作業員の男がホシとして検挙された。ホシの自白によると、事の真相は次の通り。
捜査員より、自白内容を聞かされたジャガイモ刑事は、誰にともなく呟く。「彼に悪意があった訳じゃないジャガ。便意があっただけジャガ。罪は肉ジャガ、人は肉まんジャガ(超訳:罪を憎んで、人を憎まず)。」そして、一声。
「これにて、あ、ほっくり解決ジャガ〜」
ジャガイモ刑事の活躍により、またひとつの事件が迷宮入りを流れた…いや、逃れた。
「塩の足りないフライドポテトほど、味気ないじゃがいもはないジャガ、覚えておくジャガ。」
そう言い残し、ジャガイモ刑事はポッテリとした身をひるがして夕日のなかへと消えていった。後には、一筋の湯気が立ち上っていた。
ジャガイモ刑事がどこから来て、どこへ帰るのか、知る者は誰もいない。ジャガイモ刑事とは何者なのか、人ならざるものなかのか、はたして、ジャガイモ刑事は実在するのかさえ、答えられる者はいない。それは、わたしたち自身が生きるこの世界が、世界を包む銀河が、銀河をすっぽりと飲み込んでいる宇宙自体が実在しているのか確かめる術がないことと同じように。
その答えは、白い湯気のなかに、ほっくりとあるのかもしれない。
ー了ー
続・紙物語|事件現場は駐車場
※この創作は実話に基づいている。(再)