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良い庭をつくりたい

良い庭をつくりたい。
どうしたら良い庭がつくれるのか。
庭師となって約13年。いろいろな庭づくりに携わってきた。今回とあるお宅の庭づくりを通して、その核心に辿り着いた気がしている。

逆算の住まい

山々の間を縫うように清流・飛騨川が流れる。これぞ南飛騨とも言うべき絶景が見渡せる森の麓に、シンプルで美しい木造平屋が佇んでいる。

ここに住んでいるのは柔らかい雰囲気を纏った40代のご夫婦。庭づくりの依頼をして下さった施主さんだ。ミニマムでサステイナブルな家を建てるため、友人のデザイナーさんに設計をお願いしたという。

「家を建てたあと家具を探すから住みづらいのであって、家具に合わせて家を建てれば住みやすくなる」
逆算の発想で設計された居住空間。床面積20坪のミニマム空間ながら、ロングライフな家具を中心とした無駄のない間取りとなっている。材料は主に木を使った自然素材で、ぬくもりのある豊かな暮らしがそこにはあった。

打ち合わせでお邪魔した際、「シンプルで洗練されていて、なんて住みやすそうなんだ」とついつい長居したくなる心地よさを感じた。


景色を美しく切り取る窓

ヨーロッパでは「他人の家にお邪魔した際、窓からの景色をまず褒める」というくらい暮らしの中で窓と景色の重要度が高い。このお宅も同様で、Picture Windowと呼ばれるこの窓は南飛騨の景色を美しく切り取っていた。

部屋から軒裏が見えないギリギリのラインを検証し、軒の長さを決めたという。余計なものは写さない、景色を写すための窓。そんな静かな存在感があった。

光を取り入れ、雨を防ぎ、室内から姿を見せない軒

「Picture Windowを生かした庭をつくって下さい」
施主さんから第一にこう伝えられた。

旦那さんと庭づくり

造成の様子

今回庭づくりを進めるにあたって施主さんには多いに手伝って頂いた。旦那さんはゴルフ関係の仕事をされていることもあり、庭の美観に敏感であった。

「旦那さん、踊り場の広さどうですか?」
『もう少し広くしましょう!』
「石積みのラインどうでしょう?」
『カッコいいです』
「アプローチどうですか」
『もう少し起伏をつけますか!』

旦那さんとの現場打ち合わせ

「収まりを考えるとこうした方が良いかもしれません」という建設的な言い方で、一緒に庭づくりをしている実感があった。施工のことまで考えてくれる施主さんはほとんどいないので、こちらも勉強になることばかり。
旦那さん立ち会いのもと庭づくりを進める中で、「良い庭になる!」という高揚感でいっぱいになった。

こだわりにこだわりで応える

建物の外壁は檜の鎧張りで仕上げられていた。通常のものより一枚一枚幅広く、余裕感のあるゆったりとした印象を受ける。

幅広の鎧張り外壁

「既製品のサイズに合わせてものづくりするとつまらなくなる。その場所に合わせたベストの寸法でものづくりするから面白いものが出来上がる」
施主さんを通してデザイナーさんのこだわりを聞くと、こちらもこだわりの炎が燃えた。

鎧張りの水平的なデザインを生かすため、小端の石積みが今回の庭づくりの肝であった。使用するのは近隣で採れる美濃石。素朴な風合いがあり草花の色味を際立たせてくれる。それに主張し過ぎないので建物にも合わせやすい。
とは言っても積み方次第で印象は大きく変わる。庭師の技量が試されるわけだ。

デザイナーさんの言葉が頭をよぎる。
「……おれも良いものをつくらねば」

小端積みの様子

勢いよくガンガン進めていきたいのだが、納得いかないものは崩し、加工して形を合わせ積み上げる。ひたすらこの作業を繰り返して、16㎡の小端積みをつくり上げた。

庭づくりを始める前、建物を見て思うことがあった。
「基礎から屋根の軒先までデザイナーさんの美意識が届いているみたい。家だけで豊かな暮らしが成り立ってしまうんじゃないか」

だが、毎日石を積み上げる中で、自分を奮い立たせるかのように別の想いが込み上げてきた。
「素晴らしい家だからこそ、庭にまで豊かな暮らしを広げてもらいたい」
そんな想いが体を突き動かしていったのを思い出す。

小端積みの目地入れ


そのほか庭づくりのこだわりはこちらに書いているので、ここでは割愛する。

ターシャ・テューダーの思想を現代に

奥さんはターシャ・テューダー氏を敬愛し、動物や植物、虫たちが生きやすい庭を希望していた。
「虫さんたちに葉を食べられても全然気にしません。むしろたくさん集まる庭にしたいです」

ターシャ・テューダー
20世紀に活躍した絵本作家でありガーデナー。多くの動物と暮らし、植物を愛し、自然本位の庭づくりを体現した。

ターシャ・テューダー氏(ターシャの庭より)

生き物が生きやすい庭とは、消毒などの化学薬品を使わずオーガニックな管理をすること、土中環境を整えることが重要だ。

一般的に消毒をしないと弱った植物は虫に食べられてしまったり、病気になったりする。オーガニックな管理はプロであっても難しい。施主さんの理解は大前提だ。

奥さんは自身で植物用の菌液を培養するほど園芸に造詣が深い。その様子は現代農業で取り上げられるほどだ。実際にページをめくり拝見すると、その探究心と知識に驚かされる。ここまでオーガニックな管理に説得力のある施主さんは初めてであった。

↑tapして現代農業の記事読めます


土中環境に関しては『大地の再生』を参考に石積みや丸太積みの内側で水と空気が停滞しないよう注意して施工した。焼き丸太の内側は透水シートを施し、コンクリートで強度を持たせた小端積みには、所々コルゲート管を張り巡らせ下に下にへと抜けるようにしてある。

小端積みの裏に排水用のコルゲート管を設置


「人間本位でつくり変えてしまう大地を出来るだけ植物and 土ファーストに」

奥さんがふと呟いた言葉が心に残っている。
考えてみれば、植物を植えて美しい庭をつくる僕たちにとって、そのような考え方は前提として当たり前に持っていなければならない。そう改めて気付かされた。

スカビオサ ム-ンダンスにやって来た蜜蜂
奥さんお手製ミミズコンポスト(tapで作り方の記事読めます)
循環型有機土壌改良資材と生まれ変わる

奥さんと庭づくり

植栽シート。草花、グラス、樹木の種類を共有

草花が好きな奥さんとは事前に植栽シートを共有し、種類を決めていった。
『田口さん、朝陽のミューレンべルギア カピラリスを拝みたいです』
「ミューレンに合う宿根草を探しておきます」
『うちにルドベキアとグロッソラベンダーがあるので、良かったら使って下さい!』
「追加しておきます」

そうして出来上がった植栽シートを基に、いざ植栽。
「私も手伝わせてください!」と言って下さった奥さんと一緒に約80種大量の草花を植えていった。

凄まじい量。これでも全体の7割

僕が配置を決め、ポットを置き、それをひたすら植えてもらう。
「奥さん、植えるの早くなりましたね!」
『自分でもそう思います。一生分植えた気がします』
暑い日もあったので大変だったが、とても助けられた。
植え終わった草花を写真に撮ったり、ぼーっと眺めたりして、充実感と達成感に包まれた。

お手伝い頂きありがとうございました

窓先に広がる季節感

建物際にはグラス類やシードヘッドも楽しめる宿根草を植えた。
大きくなる落葉広葉樹は窓の前を避けて、南飛騨の景色を第一に。

だが窓先を覗き込むと季節の草花が風にそよぐ。
春には宿根草の花が咲き乱れ、夏には勢い良くエキナセアやルドベキアが草丈を伸ばす。秋にはグラス類が輝き、冬には落葉広葉樹の枝に雪が積もる。

そこには季節の移ろいとともに近景としての庭が広がっている。

ネペタ ジュニアウォーカーの花穂が立ち上がる
前方:エキナセア 後方:ルドベキア
ミューレンべルギア カピラリス
アカシデ

・シードヘッド
タネをつけた花がら。あえて切らずに残し、鑑賞価値の高い草花もある
・宿根草
冬に地上部は枯れ、地下部で越冬し、春に再び生長、開花する多年草

良い庭をつくるために

「施主さんに喜んでもらいたい」
そんなシンプルな想いで日々庭仕事に励んでいる。

今回、庭づくりを終えた後、ありがたいことに施主さんには大いに喜んで頂いた。大満足だ。嬉しい。そして、大きな学びもあった。

施主さん、建築デザイナー、土地の風土や気候、自分の庭への想い。
これらと向き合う作業が庭づくりであったと気づいたのだ。施主さんの想いを知り、デザイナーさんの意図を読み解き、土地の様子をよく観察し、自分がどうしたいか問う。向き合って知り得ることが大切で、形にするのは最後の最後。

どうしても庭のデザイン重視で進めがちだが、そこに根拠や想いがあるのが何より大切だ。なぜなら庭にぐっと深みが出るし、どうしてこうしたかを施主さんに説明できるからである。大前提として施主さんに納得してもらうのが僕らの仕事の第一目的なのだ。

向き合うことが良い庭づくりの始まり。
そう気付かせてくれた今回の庭づくりにとても感謝している。

Photo by   うつ畑さん
造園設計 :  施工:庭屋植紋
施工協力:中島秀幸、カネシン興業、石松苑、notto garden

【施主さんによる庭づくり動画】

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