防災と日常をつなぎ、本当に使える製品を。「避難所の衛生ストレス」解決に挑むプロジェクトはいよいよ最終章へ
日頃から当たり前のように行っている、歯磨きや入浴、手洗いなどの衛生行動。
しかし、自然災害に見舞われた被災地の避難所や避難生活では、こうした身の回りの清潔さを保つための行動をなかなか実現することができず、「衛生ストレス」となってしまいます。
こうした問題をデザインと技術の力で解決しようと立ち上がった「避難所の衛生ストレス問題解決」プロジェクト。本プロジェクトでは現在、被災地で実は深刻な「におい」の問題に焦点を当て、パナソニックの「ナノイーX」の技術を用いながら、京都工芸繊維大学 櫛研究室とUCI Lab.が消臭機能のあるプロダクトを共同で開発。試作品が完成し、9月20日には被災経験者に試作品を実際に触ってみた感想やフィードバックをいただく機会を得ることができました。
▼ Vol.1 記事
京都工芸繊維大学の櫛研究室と5名の学生を中心に進められている制作が着実にまた一歩進んだフィールドワーク。今回は、そんな活動を支えているUCI Lab.所長の渡辺隆史と防災士の宮本裕子さんに、フィールドワークを振り返るインタビューを実施。被災経験者から試作品に高評価をいただけたポイントや、プロジェクトの現時点での課題、今後の展望などについて、詳しく話を聴きました。
「ようやくここまで来れた」 フィールドワークで感じたプロジェクトの手ごたえ
——「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクトとして、被災地での「におい」の問題解決に挑むプロダクトの試作品が完成しました。まずは改めて、被災経験者に試作品を触っていただき、フィードバックをいただいた福岡県大牟田市・八女郡広川町でのフィールドワークの感想を教えてください。
渡辺:フィールドワークでは、お話を伺った被災経験者のみなさんの大きな期待にあふれた言葉をたくさんいただくことができました。このプロジェクトが始まった当初から考えれば、今回作った試作品はかなり実用化に近づいています。ここからは最終製品の実現に向けて一歩踏み出すことができると、手ごたえを感じています。
宮本:『ようやくここまで来ることができた』 フィールドワークを終えた私の率直な感想は、この言葉に尽きます。今日までおよそ3年。現場で本当の意味で役立つ製品が、もう少しで完成します。あと少しで、プロダクトを被災地にお届けできる。そんな期待感があります。
——今回完成した「消臭保冷バッグ」「スポット消臭カバー」「組立消臭クローゼット」「即席消臭コーナー」の4つのプロダクトの試作品は、パナソニックの技術を用いてつくられた製品だそうですね。
渡辺:そうなんです。パナソニックさんの「ナノイーX」を発生するコンパクトなデバイスを使って、消臭効果の期待できる製品を企画・開発しました。
——被災地での衛生ストレスの問題はさまざまなものがある中で、なぜ消臭機能に特化したのでしょうか。
渡辺:企画開発にかかる時間や新製品の実現可能性、既存製品の有無などを考慮した結果です。もともとは洗浄や除菌など、避難所で起こる衛生ストレスの問題を複数意識しながらプロダクトを企画・検討していましたが、まだ取り組んでいる人が少なく、実用化の可能性が最も高いのが「におい」の問題解決に挑む製品だったのです。
——そもそも、被災地において、「におい」の問題はどのような位置づけなのでしょうか。
宮本:気になっている人は多いけれど、表立って悩みを口にできず、「仕方のないもの」と諦めている人が多い問題だと思います。災害発生直後の被災地では、どのようなにおいを感じても「くさい」と言っていられない状況があって、無意識のうちに我慢している人も多いんです。
例えば、災害時に上下水道が使えないと排泄物は流せなくなり、凝固剤や袋などを使って一定期間保管しておくことになります。どうしてもにおいが出てしまうのは当然のことです。避難生活では衛生面だけでなく様々な課題があるので、そういったにおいの問題だけを積極的に取り除くという方向にはなかなかいかないのが実情なのではないかと思います。
「におい」を大きく減らせる製品が避難所にあると、これまで我慢していた避難所生活のストレスの一部を和らげることができるのではないかと思います。
渡辺:宮本さんのおっしゃる通り、においの問題は「それどころじゃないけれど、でも実は被災地の大きな困りごと」なのだと、今回のフィールドワークで改めて実感しました。
フィールドワークでお話を伺った大牟田市の彌永さんも広川町の江口さんも、「においを取れる製品を避難所で使えるなら、きっと重宝すると思う」とおっしゃってくださったんです。
フィールドワークに行く前、私としてはもしかすると、消臭機能だけでは被災地で使えないといった厳しいフィードバックをいただくかもしれないと覚悟していたのですが、被災経験者の方から今回のプロダクトを高く評価していただくことができ、今後のプロジェクトの方向性にある程度の確信を持てるようになりました。
宮本:今後の課題は、においの問題の優先度が下がってしまいやすいからこそ、それをどう乗り越えていけるかにあると思っています。我慢しようと思えばできてしまうからこそ、今回開発した製品が被災地でいかに真価を発揮できるか。そこを検証し、考えていく必要があるのではないでしょうか。
被災者の声と向き合い、避難所でも日常でも役立つ製品をつくる
——プロダクトを開発する上で、最も大切にしていることを教えてください。
渡辺:大切にしたのは、日常生活の中で使えるものをつくるということです。防災グッズが防災のためだけに用意されていても、実際の被災現場では使えないこともよくあるそうなんです。日頃の生活の中で使い慣れておき、非常時にも「あれを使おう」と思い出していただけるような製品をつくりたいという構想は、プロジェクトの初期の頃から持っていました。
また、防災グッズとして購入するには少々高いと感じる製品でも、普段使いできるものなら購入意欲が湧くこともあると思います。
余談ですが、先日ホームセンターで防災グッズを見ていた際、避難時に椅子としても使える防災リュックが売っていたのですね。すごく良いアイデアだなと思ったのですが、値段を見ると、とても防災グッズとして家に置いておこうと思えるような価格ではなくて、私自身、購入することを躊躇してしまったんです。これが例えば、普段からキャンプやアウトドアなどでも使えるような製品であれば、そこまで高いものだとは感じなかったかもしれません。
そういう意味でも、日常生活の中で役に立ち、いざという時は防災グッズとしても役に立つ製品をつくりたいと思っているんです。
——今回のフィールドワークでは、被災経験者の方からプロダクトの試作品に対して良い評価を多数いただいたそうですね。そのような結果を得られたポイントは、どこにあると分析していますか?
渡辺:ひとつ大きな要因として考えられるのは、この3年間、災害に関わる多様な方々と深く対話を重ねてきたことだと思います。特に大牟田市の彌永さんとは、これまで何度もコミュニケーションを取らせていただきました。
被災された方が何に困っていて、それらを「ナノイーX」を使ってどう解決していけるのかを深く考え抜くことを惜しまなかった。だからこそ、試作品に期待していただくことができ、「製品を見て、ワクワクしている」「実際に現場で使ってみたい」といった前向きな声をいただけたのだと考えています。
ただ一方で、製品が避難所で本当に使えるものになっているかどうかは、冷静に判断していく必要があると思っています。今回の良いフィードバックは、パナソニックと京都工芸繊維大学、UCI Labが産学連携で被災地に寄り添い、プロジェクトに真剣に取り組んできた姿勢への評価も含まれていると思うんです。先ほど宮本さんがお話してくださったように、現場での消臭効果や使い勝手、使い方に関しては、今後実証実験を行う中で丁寧に検証していかなければなりません。
独りよがりではない「本当に被災地の役に立つ製品」をつくりたい
——実用化に向けた課題は、具体的にどのようなところにあるのでしょうか。
渡辺:今回開発したプロダクトに消臭効果があることは、パナソニックさんから技術的なレクチャーを受け、缶コーヒーをこぼしたTシャツのにおいの軽減度合いを調べることでテストしています。
しかし、被災地で発生するにおいは、缶コーヒーの比ではありません。缶コーヒーの香りはそもそも人が不快に感じるものではないですし、被災地ではカビやほこり、汚泥、汗など、本当にさまざまなにおいが発生していますから、そうしたものに対して、消臭保冷バッグなどのプロダクトがどれほどの効果を発揮するのかは未知数なんです。
また、避難所においてどの程度消臭が実現できると衛生ストレスの軽減につながるのかも、きちんと把握する必要があると考えています。においをゼロにしなければ意味がないのか、においが半分になるだけでも大きな効果があるのかは、やはり現場で体感しなければ分からないことです。
被災地で試作品を実際に使ってみることで、効果のほどを検証しなければならないと思っています。
宮本:加えて、被災地で復興に向けて流れていく時間軸の中で、実際にどの場面でどんな風に製品を使うことができるのかについても、検証していかなければなりませんよね。
きっと、命からがら逃げてきた直後の状態では、今回のプロダクトを使う発想にはならないはずです。ある程度落ち着きを取り戻したタイミングで消臭へのニーズが生まれるのだと思うので、そうしたタイムラインについても確認した上で、製品化に向けて進めていく必要があると思います。
渡辺:宮本さんのおっしゃる通りです。いくら消臭効果のある製品でも、「避難生活」という文脈全体の中で使えるものになっていなければ、本当に価値を発揮するプロダクトにはなりません。その点についても、これからもう少し考えていかなければならないと思っています。
——実用化は、いつ頃叶えることができそうですか?
渡辺:実証実験を今年度中、2024年3月までに開始したいと考えています。そこからできるだけ早く、何らかの形で完成した最終製品をお披露目し、多くの方に使っていただけるようアクションを起こしていきたいとイメージしています。
——宮本さんと渡辺さんの今後の抱負をお聞かせください。
宮本:私はこのプロジェクトに3年ほど前から携わっているのですが、プロジェクトのスタート時から比べれば、今では関係者全員が災害や防災、被災地に関して多面的に理解を深めることができており、より良い形でプロジェクトが進んでいるなと感じています。
日本は「災害大国」と言われますが、大きな災害のみならず特に近年は台風や線状降水帯による水害が非常に多発しています。私自身防災について学び活動ようになって改めて実感しました。
いつ、誰が被災するか分からないからこそ、このプロジェクトがつくろうとしている「日常と防災をつなぐプロダクト」には大きな意味があると思っています。
今回開発されたプロダクトが実用化されてビジネスの世界と接続することで、防災や災害支援がより多くの方に身近なものとなり、日頃から考えていくきっかけになるのではないかと期待しています。
渡辺:以前、noteの記事にも書いたのですが、今開発している製品が現場で使われるようになるまで、プロジェクトをやり切ることが非常に重要だと考えています。宮本さんもおっしゃっていた通り、防災や災害支援とビジネスの世界はこれまで大きな距離があったため、そこをつないでいくことに今後も心を砕いていきたいです。
プロジェクトをやり切る上では、「なんとなくこんな感じ」と投げやりにはしたくはありません。もしかすると少し想定以上に時間がかかってしまうこともあるかもしれませんが、被災地の現場と粘り強く対話を進め、実際に使う人たちの言葉を丁寧に拾い上げながら、独りよがりではない本当に役に立つプロダクトをつくり上げていきたいです。
プロジェクトはいよいよ最終章へ
インタビューの中で渡辺も話していた通り、このプロジェクトは、いよいよ試作品の実用化に向けて、慎重な検証を行いつつも進行を加速させていくことになります。
プロジェクトはいよいよ最終章へ。多くの方から、期待をかけていただいています。
実は今回、プロジェクトに多大なるご協力をいただいた福岡県大牟田市の彌永恵理(いやなが・えり)さんと、パナソニックくらしアプライアンス社の中田隆行(なかだ・たかゆき)さんより、「避難所の衛生ストレス解決プロジェクト」への応援メッセージをいただきました。次回は、そのメッセージをご紹介したいと思います。こちらもぜひ、ご覧いただけたら幸いです。
(UCI Lab. 広報担当)
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