2023年のわたしに大切にしてほしいこと。
2022年は、自分自身の浅はかな判断で大好きで大切だった元恋人と別れたこと。このことで本当に恥ずかしい話だが、失って今更多くのことを気づいて反省と後悔を繰り返す毎日だった。
あと2時間で2022年が終わるこのタイミングで、少しばかり遅いとは思うが2023年を生きるにあたってこれからの自分に大切にしてほしいことを記録してみようと思う。要は2023年の自分自身に向けての戒めです。
素直に生きること以外に最強の生き方はない
とにかくこれに尽きる。何事においても素直になるのはとても難しいけれど、難しいからこそちゃんと素直になることを意識するだけで物事の結果は大きく変わるのかなと思う。
まずは自分の気持ちを素直に認めてあげる。いい感情も悪い感情も。
認めたうえで自分自身がどうしたいか、他人や世間の基準ではなくて、自分の基準でどう動いていきたいか。
これって頭でわかってはいてもかなり難しいことだと思ってて、現にわたしは他人や世間一般の価値観や基準を自分のものだと思い込ませて、自分の本当に感情に蓋をして無理やり上書き保存した。そのことなかったことのようにした結果、とても後悔した。本当に。
今のご時世、一瞬でたくさんの価値観に触れられる中で、ついそれらをさも自分のものだと勘違いして生きてしまうことがある。
借り物の価値観で自分を言い聞かせるのではなく、たくさんの価値観に触れる中で、きちんと自分の価値観を構築してそれらを自分で信じること。
そうしていくことで素直に生きられるようになるのかな。なったらいいな。
あと感情を素直に表に出すことも大切なのに、まったく出てこないわたし。もう少しプラスの感情は表に出そうと意識してみてください。
言葉にしなければ、それらはないものと同じ
こんなこと当たり前やん、って思う人が大多数だとは存しております。
ただわたしはお恥ずかしい話できていなかったのです。
自分の中の言葉や思いは、形にして初めて存在したことになる。
だからよく考えて言葉にして、伝えたい思いは相手に伝える。
他人には言葉にしなきゃなにひとつとして伝わらない。
自分以外は誰しもが他人で、100%相違なく思っていることを伝えることが出来ないからこそ、自分の中で形のない気持ちを言葉にして形にしていく。
たまには間違った形で相手に伝えてしまうかもしれないけれど、それでも相手に理解してもらえるような努力を怠らないようにしていきたい。
絶対という言葉には決意や責任、覚悟が込められている
わたしは何かあると最終的に「でも絶対なんか絶対にないからね」と最後にいうのが口癖だった。
絶対なんてない、そんなことみんな頭では理解していて。
それでも絶対という言葉を使うのは、そのことに対しての責任とか決意と覚悟とか「それでも絶対にそうしたい」と思っている一種の意思表明のための言葉なんだなと。わたしは今まで無意識にも、ただ単にそのことに自信を持てなくて、無責任に逃げていただけだった。
だからこれからは絶対という言葉から逃げないで向き合っていきたい。
今ある瞬間を大切に、誠実に
所詮過去は過去。過去にどれだけのものがあっても、今その瞬間の出来事には何の効力もない。
過去は思い出として消化されて、今をどれだけ大切にするかが未来にも繋がっていくんだろうなと、齢26歳にして学んだ。遅すぎる学び…
起こってもいないことに対して、ぐるぐる考えて今ある大切なものを大事にしなかったわたしは、大きな後悔とともに生きている。
今後そうならないようにするためにも、今起こっていること、目の前にあるもの、大切にしたい人、その瞬間瞬間に誠実に向き合っていきたい。
もう遅いかもしれないけれど、そうやって大切なものを大切にして生きていきたい。
振り返りながら書いていたらあっという間に2022年が2分で終わる時間になってしまった。
2023年、どんな1年になるか想像もできないけれど
自分の選択にできる限り後悔しないように、大切なものを大切に日々生きていきたいな。
2022年ありがとう。
よろしく2023年。