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七つの子(5)


所要時間 2時間36分という表示。

昨日と同じだ。当たり前か。

昨日のハンカチは、夜に目覚めたあと風呂場で洗った。男性用のボディーソープで洗ったので、当然ハンカチの匂いは昨日とは違う。あの匂いが消えてしまったのは残念だけど、洗って返さなければならないので仕方ない。

ハンカチを助手席のシート置いて、車のエンジンをかけた。



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あの男の子に声をかけられたのは、日曜日の午後、スーパーへ夕食の買い物に出掛ける為、子供達を車の後部座席に座らせようとした時のことだった。


「こんにちはー」

彼は気さくな笑顔で、塀の前の道路から車に近づいてきた。

「あっ はい。こんにちは」

知らない人に突然、声をかけられたので、少し戸惑い気味にわたしは挨拶を返した。

「あのー これ」

差し出した彼の手には、昨日どこかで落としてしまった娘のハンカチが握られていた。

「あっ わたしのハンカチだー」

娘が後部座席から嬉しそうな声をあげる。

「あー良かった。こちらのお嬢ちゃんのだったんですね。実は昨日の夕方、そこの道端に落ちているのを見つけて拾ったんですけど、誰かに踏まれた足跡がついちゃってたから、一度うちに持ち帰って洗濯しておいたんですよ。でも、どの家の子のなのかわからなくて。かわいいハンカチだから、落とした子も悲しんでいるんだろうなって思ってたから。みつかって本当に良かった」

少し捲し立てるようなしゃべり方が気になったけど、洗濯までして届けてくれるなんてやさしい好青年だなって思った。

「お兄ちゃん ありがとう」

「どういたしまして。お利口さんだねー」

彼は娘にハンカチを渡してくれ、娘の頭を撫でた。

「ありがとうございます。昨日からお気に入りのハンカチがないって大騒ぎだったんです。親切に届けていただいたうえに、お洗濯までしていただいちゃって」

「いえいえ、ちょうどこの道を通っていたら見つけただけの事ですから。それより随分とお気に入りなんですね。そのハンカチ。その喜んだ可愛らしい顔を見たら、ぼくの方が嬉しくなっちゃいましたよ」

そう言うと彼はまた娘の方を向き、

「じゃあ今度、この同じねこちゃんのキャラクターのぬいぐるみを持ってきてあげるね」

「わーい やったー。ぬいぐるみは持ってないんだー」

「えっ。親切にしていただいておいて、そんな。困ります」

「いいんですよ。ぼくUFO キャッチャー得意なので、それほどお金をかけなくてもゲットできちゃうんです」

「いいなー。ぼくもなんか欲しいよー」

長男まで欲しがりだした。

「もー あんたまで。ダメです。お兄さんに悪いでしょ」

「大丈夫ですよ。気にしないでください。じゃっ お兄ちゃんの分もなんかゲットしてきてあげるね」

そのあと、何度か断ろうとしたけれど、子供達もその気になってしまい、彼に押しきられるかたちで話しは終わり、彼は子供達と指切りをしてから帰っていった。


少し童顔に見えた彼は、高校生くらいだと思っていたが、予備校に通う19歳だということだった。そういえばこの辺では見ない顔だけれど、どこに住んでいるんだろう。遠いとこからだと申し訳ないな。


わたしは先月買ったばかりの車に乗り込み、スーパーへと向かった。車の中は芳香剤の匂いに混じって、まだ新車特有の匂いが残っていた。わたしはこの匂いがあまり好きではない。

運転席側の窓を開けた。この季節にしては冷たいくらいの風が入りこみ、少し寒くなって直ぐに閉めた。



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子供達、かわいかったなー。お母さんもやっぱり優しい人だった。調子にのって、ぬいぐるみをあげる約束しちゃった。まあどっかで安く売ってるのを買えばいいや。


ゆーびきーりげんまん うそついたらはりせんぼんのーます ゆびきった


指切りなんてしたの、もうどれくらいぶりだろう。

それにしても〈げんまん〉ってなに。

嘘ついたくらいで針を千本のまされたら、たまったもんじゃないね。もう何回死んでるかわからないよ。あー恐ろしい。

でも、あの女の子の指、プニプニしててやわらかかったなー。ずっとさわってたかったよ。

出来ればお母さんとも指切りしたかったなー。そしたらその感触で今夜も。あっ いけねいけね。今は運転に集中しないと。

んっ そーいえば母親と指切りした記憶を思い出したぞ。そーだ。あのとき約束を守れなくて、あとで鬼のようにぶたれたっけ。あー なんか最悪なこと思い出しちゃったじゃないか。

まあ、もういない人のことは忘れよう。



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土曜日、ぬいぐるみと赤い車のミニカーを持って、あの家族の元へ向かった。

ぬいぐるみとミニカーは、月曜日の予備校の帰りにたまたま通りがかったフリーマーケットで見つけたものだ。

ねこのキャラクターのぬいぐるみは昨日まで、ぼくが抱いて寝てあげた。少し愛着が湧いてきたけど、かわいいあの子のためだ。潔くプレゼントしよう。



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【つづく】

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