つくる、つながる、とどける ~「表現とこころ賞」振り返り~
表現とこころ賞。
受賞者へのサポート実施、完了しました。
今回の試みを振り返って。
いま言語化しておかないと消えてしまいそうな感情と思考を、
ここに書き記しておきたいと思います。
長いので、読みたい方だけに。(8000字越え)
目次作るので読みたいところだけでも、読んでやってください。
◇◇◇
1.noteを始めた経緯
noteを始める前の私に今の状況を教えたら驚くだろうと思います。
「コンテストを開いた?は?意味わからん」と聞き流されるでしょう。
開催の経緯を書くと、もの凄く長くなりそうなのですが、
個人的にとても大切な思い出なので自分のためにも今書いておきます。
◇
とても個人的な過去の話から入って恐縮です。
思い返せばnoteを始めたのは、偶然でした。
私は2017年からAmeba Owndで細々とブログを書いていました。
どれくらい細々かって、月にアクセス30回くらい。
学部時代の恩師がブログを始めたというので、真似っこして始めてみたのが最初です。
当時は「先生、俺の文章を読んでくれ」と「書かないと死ぬ」という二つの理由だけでした。
書くことは当初、現実的な問題を抱えていた自分の精神を保つためだったのです。
しかしそんな細々と書いていたブログにある日突然、
1000だか2000だかのアクセスがあり驚愕します。え、バグった?
このとき何が起きたかというと、忘れもしませんが作家の平野啓一郎さんが、ある記事をtwitterとfacebookでシェアして下さったのです。
(“分人主義”について書いたもので、「平野さん書いたから読んでください~」と確かTwitterでこちらから送りつけたのだと記憶しています(笑)...謎の勇気だ。)
平野啓一郎さんの小説や、『私とは何かー「個人」から「分人」へー』という本が凄く好きだった私は、ご本人に自分の文章を読まれたという事実に感動し、そして芥川賞作家とネットで交流してしまったことに不思議さを覚えました。
その記事以降はまたアクセス30の世界に戻ります。
でも誰に読まれるでもなくただ自分の心の整理のために思考を言語化しているだけ、そして恩師は読んでくれている、という安全で自由な場としてのブログを心地良く使っていました。
私はずっと、不特定多数に読んでもらうことなんて意識してきませんでした。
それが令和に入って、変わりました。
ブログを始めた頃も人生において非常に危機的な悩みに曝されていた時期だったのですが、今年の初夏に、また個人的に大きな試練にぶつかったのでした。今でも悩んでいますが、持病のことです。
その時に私をなんとか救ってくれたのは、またもや“書くこと”でした。
しかしこのとき、物書きとして初めての感情が湧きました。
“この文章は、知らない誰かに読んでもらいたい。”
その時に作ったTwitterが今使っているアカウントです。それまでひっそりと書いていたブログを誰かに知ってもらう目的で、作りました。
つまりは、文章で他者とつながりたかった。
Ameba Owndで書いていた自分がなぜnoteに来たか。
それはたまたま、Twitterのタイムラインに流れてきた一つの記事でした。
記憶が正しければ、それはこのツイートだったと思います。
私は昔からどうも運命論が馴染まないので、
この記事では何度も“偶然”と“たまたま”という言葉を使います。
たまたまなんです、何もかも。
このツイートのリンクに飛んで幡野広志さんを知り、cakesを知り、ピースオブケイクを知り、noteを知りました。
そして気づいたら私はその夜からnoteを始めていました。
それまで孤独だった“書くこと”が何故だか楽しくて楽しくて、書いていました。最初は、ダッシュボードを見るのが楽しくてやってた部分も大きかった気がします。
なんだよこの「スキ」って。
やめてくれ、恥ずかしい。・・・うれしい。
そして、読んでいました。読むことが何故だか楽しくて、楽しくて、読んでいました。私から見たら恐ろしいほどの才能を持った書き手も、そこにいました。
恩師よ、さようなら。私はnoteへ引っ越します。
とは言わず、Ameba Owndの方は残したまま、
使い分けることにしました。
◇◇◇
2.コンテスト開催の経緯
2019年10月。
note楽しいなぁ。
自分の表現も皆の表現もオモシロい。
なんだ、社会なんてつまらないと思っていたのに、
こんなに内面の世界が豊かに動いてる人たちがたくさんいたのか。
でもこの秋から忙しいからちょっと書くの休もうかなぁ~。
と思っていた時、noteのディレクターさんからメールが届きました。
この度は「#こんな社会だったらいいな」投稿コンテストに
ご応募いただきありがとうございました。
合計3,027件の投稿の中から、
..梟.._さまの作品が「審査員特別賞」に選ばれました!
は?ウケる。
............................まじか。
びっくりしました。
受賞金の金額どうこうではなく、
自分の文章が「選ばれる」ということを初めて体験したこの時、
心臓がキュッとなりました。
グランプリや準グランプリではなく審査員賞というのも自分には何故だか嬉しかった。
その一件からnoteを使うことへの意識に変化が起きました。
そうか、こういうこともあるのか。ここはお金も動く場所なのか。
当時、7月末から100日かけて編集し続けていた作品があり、それを書き上げて投稿したら、それまで自分に刺激を与えてくれたnoteの人たちを勝手に選んでサポートを贈ろうと思っていました。
たとえ100円でも、“あなたの表現には価値があるよ”とメッセージをもらえることには物凄いパワーがあると思ったからです。
でも自分には消費する余裕がなかった。
他者に与えている場合じゃない。金なんてない。
むしろ奨学金という名の借金を背負って生きていくという現実。
と思っていたところに賞金30,000円が入ってきたのです。
あぁ、これ半分に割ろう。
「#こんな社会だったらいいな」に投稿した作品は、
何年も前に恩師から出された課題レポートで書いた文章を基に書き直したもので、正直たまたまコンテストがやっていたからタグをつけただけでした。
恩師と出逢っていなかったら書くという表現方法を身につけられずにとっくにくたばってたかもしれない。
平野啓一郎さんに記事を読んで貰ってなかったらモチベーション続いてなかったかもしれない。
Twitterであの記事を見てなかったらnoteなんて知らずに今も過ごしていたかもしれない。
有り難いとは、有ることが難しいということ。
必然・あたりまえではなく、この毎日は偶然の連続だ。
自分の身に起こる良いことも悪いことも、
半分は自分で、半分は他者が起こしてるのか。
あぁ。今手にしているもの、半分に割ろ。
それは幼い頃、姉とパピコを分け合ったときの気持ちと、
それほど相違ありませんでした。
◇◇◇
そして15,000円を使って、
「表現とこころ賞」を開催することにしました。
コンテストという形にしたのは、noteという場への恩返しのつもりでした。
noteのコンセプトの一つ、「つながる」ことに最大の価値を置きました。
そして、開催の記事にも少し書きましたが、
読むことと選ぶことを通して、自分の表現を改めて考えたかったんです。
誰にでも関係のあるテーマをと思い、
すぐに浮かんだ言葉が「表現とこころ」でした。
心ではなくて「こころ」。平仮名の方が可愛いかなと思って(え)
「選ぶ」「選ばない」という問題に自分なんかが向き合えるのかという不安とも戦ってみたくなった。自分がこうも欲張りだとは。いろんな影響を見えない範囲にまで与えてしまうかもしれないけど、思い至ったのだからやってみよう、と。
やってみようと思えたのは、
『教養のエチュード賞』の恩恵です。
嶋津亮太さんや教養のエチュード賞の名前を出さずして、
今回の振り返りを語ることは出来ません。
教養のエチュード賞が無かったら、私は表現とこころ賞の着想を得ていないし、挑戦していなかったと思います。
教養のエチュード賞は、私がnoteやtwitterを眺める限りでも、多くの喜び、楽しさ、縁、美しさ、新しさ等のポジティブな体験を生み出していました。
第1回の教養のエチュード賞、あくまで私はですが、
選ばれなかったのに清々しかったんです。
確実に読んでもらえるという安心感。
軽い気持ちで参加したとしても、参加すれば「選ばれたらいいな」という気持ちが働く。でもその個人のコンテストは、何か他のコンテストとは違う価値を生み出している気がしました。
あくまでコンテストなら選ばれることに意味がある、という意見もあるかもしれません。でも、第1回教養のエチュード賞に対する何人かの感想を見ていて、それと同等かそれ以上に“真剣に誰かに読んでもらう”という体験の価値が今浮かび上がってきているのではないかと感じました。
そして、個人がコンテストを開くということについて開催者ご自身が、意義や価値、選ぶ苦しみや反省も含めてその希有な体験を語って下さっていたことも励みになりました。
これを読みながら、
嶋津さんと同じようには出来なくても、
自分なりに真剣にやろうと、覚悟を決めました。
◇◇◇
3.得た体験、反省
結果的に、#表現とこころ賞 には53作品が寄せられました。
皆さんのおかげで、とにかく充実し濃厚な1ヶ月を過ごすことができました。
「楽しい企画をありがとう」と言われることや、「このテーマのおかげで書けた」と言われることが、素直に嬉しかったです。
そして、個人的には企画をやり遂げることへの不安と戦ったのも良い経験となりました。
でもまず最初に怖かったのは、誰も応募してくれなかったらどうしようということ。さすがにお金を動かす以上、それは無いだろうとは思いつつ、やっぱり盛り上がらないことへの不安がまずはありました。
でも実際はすぐに反応があったり、
今まで直接関わりの無かったnoterさんからも“粋な企画”とシェアして頂けたりしたことで、安心できましたし、身が引き締まる思いにもなりました。
シェアして下さったり賛同・応援して下さったり、投稿して下さった方々がいて成り立っているということをしみじみと感じました。
開催の記事にも書いたのですが、他者を巻き込むということは私にとって“慣れないこと”でした。盛り上げなければそもそも成り立たない企画を実行してしまう程に、私は変化したのだということに静かに驚いてもいました。
他の企画をやっていらっしゃる方からもこのことは見聞きしますが、
今回やって良かったと思うことの一つに、
“企画をやらなければ出逢えなかったであろう作品と出逢えた”ということがあります。そのひとつひとつの偶然の出逢いを噛み締めながらやってきました。
“他の人がどんな表現するのか気になる”、“このテーマで皆がどんなこと考えるのか知りたい”という意見もあって、
その時点で私(主催者)と参加者の1対1の関係だけに留まらない企画になれたと感じることができました。
新たな交流を生み出せたのなら、やっぱりやってよかったと思うのです。
◇◇
正直この1ヶ月、時間に余裕があったわけではありませんでした。
元々マルチタスクが苦手...というよりあまり体力面も精神面もキャパがありませんで、実生活のTo Doをこなしたり、生活上の悩みに向き合うのに精一杯でした。
いやそんな状況ならコンテストなんか開くなよ!と言われてもおかしくないと思いますが、私はこの冬に企画を実施したことを全く後悔しておりません。
むしろ、できない理由を探したりして、挑戦してみたくなったアイデアを放棄したり延期しなくて本当に良かったと思っています。
また、慌ただしい毎日の中だからこそ、noteを見たり書いたりする時間が貴重に感じられるということもありましたし、
“表現とこころというテーマに向き合う自分”というモードの人格を生きる時間を作ることで、その他の人格とのバランスが取れたようにさえ思います。
開催期間中、投稿されて割とすぐに(その日のうちに)読ませていただいてましたが、締め切り近辺に投稿されたnoteに関しては、忙しさからすぐに読めなかったり反応を返せませんでした。
生活の時間は確かに限られていて。その中で読むための時間を捻出することは、開催者の責任でもあると思っていました。
ただ、“読む”という営みは必ずしも時間だけで語れないようです。たとえば、10分あれば1、2作品は読めるな。という発想では“こなす作業”になってしまいそうな気がしました。そうではなく、時間という概念をいったんおいて、<読むモード>でそのnoteの中に入り込む事を意識しました。
読むモードってなんやねんって言われると難しいのですが、
自分なりの意識の向け方がありました。
行間に込められた書き手の想いや感情に、意図せず時を止められることもありました。書き手と読み手の二者関係の空間。そこで湧き起こる相互作用。
普段なら1回読むだけか通り過ごすnoteを、何度も読む。
1回読むのと何度も読むのでは体験が変わります。
そこに私は、読書体験の面白さを、改めて発見しました。
同時に、発生した読む責任は想像よりも大きくのしかかり、
自分のキャパシティや、語彙力不足も感じたところでした。
そして募集が終わってからは、選ぶ苦しみを確かに味わいました。
結果発表の記事を投稿するときはドキドキしました。
誰に言われるわけでもなく、
選ぶ側に立つ資格は?能力は?覚悟は?と、自分自身から問われ続けていました。
投稿して下さった方にフィードバックを与えるためには読みながら自分に生まれる感情や思考を見つめて言語化する必要があり、中には時間がかかったり、うまく整理できない自分に不全感を覚えたりもしました。
でもそれは、読み手として自分に不足しているものはなんだろうと考える機会にもなったことも大切な事実です。
◇
その他、細かい反省点もいくつかありました。
例えば、投稿期間に「日本時間で」と表記していなかったこと。(すいませんでした)
海外に住んでいる方の文章も読めるのもnoteの良いところ。
何かコンテストやハッシュタグ企画があると、
“お!これ参加したい!”と思うのですが、
投稿期間が長いとやはり締め切り間近で思い出したり、
締め切り直前にnoteを始めて企画を知る人だっているかもしれませんから、
応募の方法などは明確に、わかりやすくしておく必要がありますね。
「表現とこころ賞」は募集テーマこそ曖昧なものでしたが、
それ以外の部分は参加者が迷わないように曖昧さをなるべく消しておくことが必要でした。
あとは裾野を広げて、誰でもおいで感を出せるか。
あと、Twitterなども使って宣伝を打っていくこと。
このあたり自分は少し下手で、足りなかったかもしれません。
もっと細かいことを言うと、
結果発表の前に私が事故や事件にあってもしいなくなったら誰がサポートするのか、とかね。
そもそも梟って誰なんって話ですよね。
顔と名前を出さずペンネームだけで、本当に支払ってくれるのかという問題もあります。
一人で何かやるときにはそのあたり万が一の時のケアや代役を立てておく必要もあるかもしれません。
お金が絡んでいるがゆえにそのようなことも、考えたりしました。
◇◇◇
4.協賛してくれた友のこと
「みんな投稿してくれるかなぁ」という開催前の不安の反面、「あの人は投稿してくれるのでは」と期待していた人がいます。同時にそれは「もし投稿されたら冷静に選べるだろうか」という懸念までも伴っていました。
その一人は、い~のさんです。
い~のさんとは前からコメント欄での交流があり、先述した私が100日かけて書いた長文の作品を読んで感想をくれていた人でもありました。
今では、note同期と呼べる間柄になりました。
でもい~のさんは、賞へは投稿しませんでした。
代わりに、詩集マガジンという形で表現とこころ賞を協賛してくれました。
変な言い方になりますが、それは嬉しい誤算でした。
kojiさんの絵から感じた僕のこころを、僕の文章で表現したい。
この詩集マガジンは、今の僕に出来る最大限の「表現とこころ」です。
表現への熱を感じました。
巨大なテーマについて1ヶ月間、一緒に、
しかし別々に向き合ってくれる、深海まで潜っていく仲間ができた。
そのことだけで、心強かったです。
絵から感じたものを詩で表現していく。
きっとそれは曖昧模糊とした感情を、
言葉に綴じては、開いては、また綴じていく、
というような作業なのだと想像します。
これまで読ませてもらってきた、い~のさんのバックグラウンドを考えれば、きっと楽しいだけの創作では終わらないのだろうと、
おこがましくも予感しました。
抽象画だからこそ、自由に観ていい。感じていい。考えていい。
私自身も、例えば映画でも、解釈がこちら側に委ねられるような、
曖昧さを残した作品を好むところがあります。
ただ“自由”には、怖い一面もあります。
その際限の無い領域を、い~のさんは「目次」で先に収め、覚悟した。
その挑戦は、過去に対してある種の別れを告げようとしているかのようにも見えました。
人生のこの時期において、
い~のさんの挑戦に立ち会わせて頂いたことを嬉しく想っています。
有難うございました。そして、味わい深い、大好きな詩集でした。
◇◇◇
5.頂いた感想
企画についての感想や参加した経緯、私が開催の記事で投げかけた「サポートとは?」ということに対してアンサーを下さった方もいらっしゃいました。せっかくなのでリンクを貼らせて下さい。
そんな風にこの企画を体験していたんだということが知れて嬉しかったし、手応えのようなものを感じたり、自分だけで振り返っていては得られない気付きを得ました。書いて下さって有難うございます。
◇◇◇
6.サポート(支え)とは
「表現とこころ賞」開催の記事に、複数名から金銭のサポートを頂きました。感謝しています。自分がやろうとしていることは独り善がりなことではない、と勇気付けられました。
先日私は、教養のエチュード賞(第1回)の振り返り記事に対してサポートをしました。その際に、嶋津さんがご返信下さったメッセージの、この部分がぐっと来ました。
旗を振った者にしか得ることのできない喜びや反省に胸がいっぱいになっていることだと想像します。梟さんに敬意を称します。
まだnoteに来て半年も経たない私ですが、
この数ヶ月でいろんな個人発の企画がどんどん立ち上がっているのが分かります。
私自身は、“どうなるか分からないけれどやってみる”ということ、
別の言い方では実験することへのハードルが下がればいいなと思っています。実験の結果はいつだって未知です。仮説が反証されることは多々ある。
あくまで自発的で善意からのスタートだったとしても、
やはり何かを行動し始めるとそれ相応の負担や思いがけない試練もあるのだろうと思います。
何事にも、行動しないと気づけない境地がある。
頑張りすぎることはないけれど、エネルギーをかければ得られるものも多いのかもしれません。
でもきっと、頑張り続けるためには、サポート(支え)が必要です。
自分にとってもポジティブな価値を見出だせる誰かの試みに出逢ったならば、必ずしも金銭的な支援でなくても、
見守ること、言葉をかけること、つながること、
楽しみや困難を分かち合うという意味での“コミュニケーション”を、
出来る範囲でやっていくことが大切なのではないかと想っています。
「表現とこころ賞」第二回は、今のところ考えていません。
今の自分のキャパシティでは、同じことをもう一度やるのはすぐには難しい気がします。何かまた別のことをしてみたいなという意欲はありますよ。
noteを使って何ができるだろう、と考えることは、
私はとても楽しく、ワクワクすることです。
◇◇◇
締めの言葉
さて。
ここに言語化したよりもっと多くのことを学びました。
きっとまだ言語化できないこともあります。
15,000円という出費は“学費”としては安かったと思っています。
というより、このスペシャルな体験は、もう高いとか安いとかそういう次元では無くなってきます。
“体験”は、誰にも奪われることのない、
そしてときに数量化することなんてナンセンスな価値だからです。
それは結果論とも言えますが、
体験を基に、自分にとっての大切な価値を見つけて、
それが次の行動へと繋がっていくのもまた事実だと思います。
こうしてまとめてみると、
これは人と繋がるのが怖かった自分が、
文章を通して多くの偶然の幸福を体験し、
そして自ら人と繋がるようになっていく物語のようでもありました。
長々と書いてしまいましたが、
独りではやり遂げられなかったということを強調したいです。
皆様に心より感謝致します。
そういえば、
結果発表の記事を投稿したときこの画面が出てドキッとしました。
意図せず100回目の投稿だったようです。
今後とも、宜しくお願いします。
Happy Merry Christmas! ..梟.._
彗星 / 小沢健二