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本屋、はじめまして #5 ヤンヤンー前編
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「本屋、はじめまして」について
オープンしたての独立書店の店主が、本屋を開くまでのリアルなお話を綴る本屋開店エッセイです。本屋をやってみたいなーとぼんやり思っている人の背中を一押しできるような、そして開店準備にとりかかってもらえるような記事をお届けしていきます。前編は本屋開店エッセイ、後編は一問一答&ブックレビューをお届けします。お楽しみに!
JR中央線の高円寺駅から歩いて5分ほど。エトアール商店街から1本外れた小さな道沿い、こぢんまりとある急な階段を登ったところに800冊ほどの書籍や作品が並ぶ店。もともと知らない方にはかなり見つけづらいところにそれはあります。そんな場所に訪れた稀有な方々には、「秘密基地みたい!」と言っていただくのと同時に、しばしば「本屋さんで修業されていたんですか?」「こちらにある本は全部読まれたんですか?」と訊ねていただきます。
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答えとしては、いずれもNO。店主であるわたしには書店勤務経験はありません。本を読むことや本屋へ行くことは好きでしたが、2023年の4月までは会社員をしていました。また、書籍を扱う際も、古本を仕入れたり注目書とされる新刊を揃えたりすることも多く、全てを把握しているわけではないのが現状です(もちろん、すべて読んでいることに越したことはないですが)。ただ、わたしが商品を扱う際の自分なりの一定のルールを設けているので、セレクトにはある程度の自信を持っていて、さらにお店に来ていただくお客さんの様子や、日々の会話の中で窺えるみなさんの興味や関心に合わせて、在庫の方向性を調整することで「お店の色」を維持しています。
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申し遅れましたが、ヤンヤン店主の城李門といいます。お店は2023年11月にオープン、早いもので営業して半年が経ちました。書店の勤務経験もない中、こうしていま営業を重ねるまでにはさまざまな出来事があり、わたし自身の「お店観」もだいぶ変化してきたわけですが、今回はこのお店のこともご紹介しながら、これから書店や個人商店を営みたい方の前途を少しでも後押しできるような体験を綴ってゆきます。
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商店、とりわけ書店運営を目指す方ならご存知の方も多いでしょうが、まず伝えたいことがあるとすれば、もしあなたが現状なんらかの新刊「本」を扱うお店を開いたり、それを業態の一つとして構えようとするなら、その開業ハードルは大変低くなっています。簡単に言えば、ある程度の信用と身の丈に合った予算があれば、本の取引は可能ということです。わたしの場合、最初に「書籍を扱う売買」をするきっかけとなったのは、あるカフェ・バーの運営に携わっていた時期、お店の一部スペースで書籍販売をしたい、と考えたことでした。具体的なハウツーはさまざまな書籍やWebサイトで教えてくれると思うので割愛しますが、そのカフェでは選書方向性の決定権がわたしにあったため、わたしが好んで読んでいた本を選んだり、近くの保育園に通う子供たち向けに絵本を選んでみたり…。しかし、本をめぐる売買の循環はそれほどうまくいかず、好きにセレクト→ちょっと売れる→セレクト→立ち読みの繰り返し。思ったより在庫は動きませんでした。
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この経験からわたしが学んだのは、本に限らずどんな商品も、小さな場所で何かを売るにあたって重要なことは「何をどれだけの量売るか/買うか」よりも「誰から/どんなふうに買うか」である、ということでした。人があるカフェやバーに行ったり通う理由は、単純にコーヒーを飲んだりお酒を消費することだけにとどまりません。そこでマスターやお店のスタッフと話したり、他の常連さんの会話に混ざったり、そんなコミュニケーションの前提があるからこそ、場所を楽しんだり、ものを欲する感情が生まれるはずです。であるからこそ、お店はお客さんが求めるものや、趣味や関心に合わせて何かを提供することが可能となるのでしょう。当時カフェでそれほど店頭に立っていなかったわたしは、頭の中で考えた「本売り」像を固めたままに書籍の仕入れや管理をしていたことで、漠然とした書籍販売の難しさを感じていました。これが、後々ヤンヤンを開く際もネックになってゆきます。
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2022年の終わりごろ、カフェで扱う絵本の仕入れ先でもあり、よくおしゃべりをしに行っていた高円寺の「えほんやるすばんばんするかいしゃ」の店主から、(空き家であった)ヤンヤンのスペースが入居者を募集している、という話を聞きました。話を聞いたり、最初は軽い気持ちで実際にスペースを見たりするうちに…、いつの間にか借りる決意に。だからといってどんなお店にしようか。あまり後先考える性格でもないので、「場所がある」ことを出発点にお店の特性を考えました。大家さんにプレゼンしたのは、大学時代から関心を持っていた分野、「記録物/有名・無名を問わず誰かが残した叙述物」をテーマにするお店にしたい、ということ(字数の関係で割愛しますが、お店のコンセプトなどはぜひwebで検索などしてみてください)。その上で、念頭に置いている書籍やお店のあり方、また創作活動など、ベンチマークにしている事柄や、例えば本なら自分が絶対に譲れない選書基準のようなものを可視化して、お店の土台であるコンセプトを形作ってゆきました。この過程があることで、現在に至るまでお店が何かを仕入れる際の基準ができたと思っていますし、今もお客さんに「記録」をテーマにした書店と認識してもらっています。それから、もともと携わっていたカフェ・バーを共に運営していた設計士2人の協力も経て、内装工事〜什器の設置〜書籍の選定などなど。古物商の取得や古物市場での仕入れなど、さまざまな過程を経ること1年くらいでしょうか。ヤンヤンというお店が誕生しました。
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ここで言えることとしては、お店を開く計画は、オープン前の早い時期であればあるほど良い、ということ。いわゆる独立系書店というのは個人でなさる方が多いと思われますが、絶対と言っていいほど、オープン前の1ヶ月くらいは「お店を開く作業」のことで頭がいっぱいになります。自分がやりたいお店を開くからこそ、お店のコンセプトや選書の基準、どのようなお客さんに来てほしいかなど、根幹の部分は開店前、時間のある時期から考えなければいけません。先ほどから偉そうなことを言っていますが、わたしも詰めなければならない検討事項への取り組みが甘く、開店後もしばらくバタバタしていました。
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ヤンヤンという場所は、古い長屋に忽然と現れる急な階段を登った先にあって、はじめて来る方からすれば大変入りづらいところです。そうであるからこそ、お客さんとは極力コミュニケーションをとっていろいろなやり取りや情報交換をしています。これは単純に、常連さんをつくるとか売り上げが伸びるといった相乗効果を生むだけにとどまらず、知らない本を紹介していただいて仕入れの参考にしたり、自分にとっての関心領域に広がりが生まれたり。そしてなによりわたし自身が楽しい。「なにかを始めることより、続けることの方がはるかに難しい」とはよく言われますが、それは確かにそうでしょう。お店を続けるためにも、ここではわたし自身の狭い領域でやりたいことをやるだけでなく、商いを飽きないように持続させるという意味で、お店で扱う物品や空間の使い方をお客さんの動向に合わせて変化させています。コンセプト自体は維持させつつ、お客さんとのやり取りの中でお店を日毎に変化させる。そんな小さなやりとりや会話の集積が「記録」を扱うこの書店のコンセプトを引き立てる一助となっているし、それで商いを続けられているのだと思います。
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そろそろ記事も終わりを迎えますが、だいたいこういう経験談、という記事だと「たまたま設計士が知り合いで〜」とか「○○さんから紹介があって」とか、そもそもそんな繋がりはどこから生まれたのか?、運が良すぎるのではないか?といった、ハウツーであるにもかかわらず、一見真似できないような事柄が羅列する現象に出くわすことが多いと思います。実際わたしの場合も、たしかに友人に設計士がいたり、古物市場を親しい古道具屋さんに紹介してもらったり、多くの人の紹介や協力があって現在のお店が成り立っているわけですが、この現象には多くの場合共通する理由があるでしょう。それは「会いにゆくこと/話すこと」を徹底していることに由来があって、さまざまな場所を訪れ、会話し、情報を交換しあうことを積み重ねてゆくことで、人とのつながりが生まれ続けるのだと思います。わたし自身、それによって「こんな居心地の良い場所を作れたら」「ふらっと訪れてなにか発見のある場所にしたい」というお店づくりの根幹となる要素も思考することができました。
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全然役に立たないことばかり言いたてるような記事になってしまいましたが、ここでは語れなかったことも、これから考えてゆきたいことも。それから、皆さんが本について考えていることも。なにか気になることがあれば、ぜひお店にお越しください。
お役に立てることがあればその機会にまたお伝えできればと思います。
ヤンヤン
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南3丁目44-18 2F(高円寺駅から徒歩5分)
営業時間:13:00〜20:00
定休日:火曜・水曜
SNS:https://www.instagram.com/yanyan_kouenji/
https://x.com/yanyan_230909
📖ぜひ感想をお寄せください。お待ちしております!
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