本屋、はじめまして #6 Zelt Bookstoreー前編
こんにちは、Zelt(ツェルト)の伊藤眸と申します。東京都足立区でZelt Bookstore(ツェルトブックストア)という小さな本屋を営んでいます。6月末でちょうど一周年を迎えました。
本屋を運営しているツェルトは、内装設計や家具デザインを行う柴山と、ペインターの伊藤による2人の会社で、月に10日ほど店を開けています。
Zelt(ツェルト)はドイツ語で、登山時の緊急避難用の簡易テントを指します。ステッキをポールがわりにして布をかぶせ、人ひとりが最低限身を休められるようにするための道具です。そんな登山用のツェルトのように、”最低限の持ち物を工夫して最適な場を作ること”というような理念で、デザインの仕事や本屋という場所を作りたいと思い活動しています。
もともとはこんなにもすぐに店を持つ予定はなく、いつか「本のある場」を開きたいとは考えていたものの、たまたま住居用の物件を探していたときに改装可能な物件専門の不動産サイトで今の物件を見つけました。足立区にはもともと全くゆかりはなく、以前は世田谷区に住んでいて、次の引越先は世田谷区の物件かこの足立区の物件でしばらく悩みました。
最終的には家賃の安さ・広さに加え、土間のあるこの物件のポテンシャルに賭けて現在の物件に決めました。迷っていた世田谷物件との家賃三年分の差額をこの古くて広い家の改修費用に充てる計画を立て、住居部分は足立区の助成金もわずかですが利用しました。
まずは残置の家具などもあったので大家さんと相談しつつ、使わなそうなシンクや畳などを処分(足立区では1世帯につき1回10個まで、年度内2回まで粗大ゴミ持ち込み無料という制度があります)しました。その後は解体屋さんに入ってもらい、2~3日で水回りや不要な壁、土間部分の開口部などを解体、撤去。その後床の傾きの修正(最大4cm程度)や床の施工、お風呂場の移設、土間のガラス扉などは工務店さんにお願いしました。
ある程度工務店さんにお願いした後の壁のボード貼りや塗装などはほぼDIYです。すでに引越しを済ませていて住みながらの工事ということもあり、コツコツと進めた不慣れなDIYはかなり時間がかかりましたが(実はまだ終わっていません)、生活の延長線上に住処を作り続ける経験は良い思い出です。
お店についても、せっかく土間があるので以前から始めたかった本のある場を開きたいとは考えていたものの、この日までにオープンするという目標がなかったので、毎年春くらいに始めますといいつつ、なかなかオープンする勇気も体力もなく、土間はしばらく絵の制作や住居部分のDIYの作業所になっていました。
本屋のイメージもまだこの頃は全くできていません。なぜか床をタイル張りにしたいという願望だけはあったので、ずっとお願いしたかった愛知・常滑の水野製陶園さんにオリジナルでタイルを焼いてもらっていました。常滑焼の赤土をベースにうっすら透明感のある黒い釉薬。目地は明るい色で50mmほどの広めの幅にしたいなど、床のディテールだけはすでに細かく決まっていました。タイル貼りはご近所の左官屋さんにお願いすることにしたのですが、節約のためコンクリートを打ってもらいタイルの位置を墨出ししてもらった後は、自分たちで床にタイルを貼りました。タイルを貼るだけなのですがこれが意外と大変で、おそらく職人さんだったら1日で終わってしまう作業がなかなか終わりませんでした。タイル貼りが終わった後は目地を職人さんに仕上げてもらい、ついにお店のタイル貼りの床が完成しました。
そんな時、友人から土間が空いているなら仕事で使わせてほしいという連絡があり、これを機に土間をしっかりお店のようにしてお客さんが来ることができるような空間にしなくては、というやる気が湧いてきました。引越ししてからもうすぐ3年という頃です。
そこから急ピッチで、本棚、カウンター、什器の制作(これらもほぼ全てDIY)、本や物の発注を進め、2023年3月に友人による占いの対面セッションの場としてZelt Bookstoreがついに形になったのです。そこから6月の本オープンを目標に、追加で什器を制作したり、本を発注したりしながらバタバタと準備を進めていきました。
オープニング展はデザイナーの木村浩紀さんという方にお願いしました。木村さんはステーショナリーやレインウェアなどを製造販売するブランド出身で、独立後はツバに芯材を使っていない折りたためる軽やかなサイクリングキャップを展示販売されていました。その軽やかさやシンプルさ、プロダクトデザインの考え方にとても共感し、キャップの展示を見に行った時にお声がけしました。お互い駆け出しのタイミングだったこともあり、その場でオープニング展をしましょう!となり、その後は逆に木村さんの行動力に引っ張られる形で、あれよあれよという間にオープンとなりました。
木村さんの展示が決まり、新刊本の仕入れをしているときにようやくどんな本を入れたいのか、どんな店にしたいのかが自分の中で定まってきているような感覚がありました。
よく何を基準に選書をしているのですかと聞かれるのですが、ひとつテーマがありZeltの理念にも則った「生きるための本」を軸に選書しています。私たちの仕事柄、デザインや建築関係の本が多いのですが、家具の作品集でも図面が載っていて実際に手を動かして椅子や家具を作ることができるものや、デザインがどう生活に根付いているのか、作るというのはどういうことなのかを教えてくれるような本を選んでいます。デザイン書の他にも、差別的ではないこと、普段の暮らしにつながるような視点があることを基準に、人文、歴史、哲学、小説、自然科学、暮らしの実用書、インディペンデントマガジンやzineなども置いています。雑貨やプロダクトも同様で、作家さんが自ら材料を山で収集して作る道具や、環境に配慮されているなど、手に取った後に自分の生活にも力がつくようなものをできるだけ選ぶようにしています。
オープニングは本当にたくさんの人が来てくれたのですが、土地柄、通常営業になったときにどのくらいお客さんが来てくれるのか、少し不安はありました。初めの1ヶ月ほどは遠方から知り合いの方も来てくれたのですが、2ヶ月もすると誰も来ない日もちらほらあるようになりました。物件の店舗部分の家賃相当を月の粗利の目標として無理のない範囲で続けていくと決めていたので、不安はありつつもそこまで焦ってはいませんでしたが、たまたま何件かwebメディアや雑誌の方が取材をしてくださるようになりました。それらを見てまた遠方からお客さんも来てくれていたのですが、半年ぐらいすると、ご近所のお客さんが多くなってきました。前から通りがかるたびに気になっていたという方や、最近引っ越してきてGoogleMapで「本屋」と検索して来てくれた方など、最近のお客さんのほとんどは足立区内の方です。
これまでに作家さんの展示やポップアップ、柴山のプロダクトの展示販売や私の絵の展示などもして、そこまで頻繁ではないですがイベントを行ってきました。イベント時にはデザイン関係の方や学生さんが多く、通常営業時にはご近所の本好きの方がいらっしゃる印象です。
また引っ越してからの3年間、コロナウイルスによる自粛期間ということもあり、近隣の方や足立区の同業の方々とはほぼ関わることがなかったので、この場所で本屋をはじめたことで、今まで出会うことがなかった足立区内のさまざまなクリエイターや飲食店の方と出会うきっかけになったこともとても大きな出来事でした。
今ではここで出会った方達とのプロジェクトもいくつか動いています。
せっかく実際お店まで足を運んでもらうので、帰った時に少し生活力が上がるような店にしたいと考えています。何かの作り方を知ることは、生活力が上がる第一歩だと思っていて、本という媒体は気軽にその力を手に入れることができるものです。実店舗で紙の本を取り扱うのは、本の内容だけではなく、店の作りや本の装丁からもものづくりのプロセスを感じてもらえるのではないかと思っているからです。
Zelt Bookstoreもオープンした今でもずっと自分たちでお店を作り続けています。まだまだ什器が足りないし、日差しも強くてなんとかしなくてはいけないし、これからもどんどん変化し続けていく予定ですので、ぜひ遊びにいらしてください。
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