本屋、はじめまして #3 ヨットー前編
はじめまして。ヨットの菅沼祥平です。2023年9月に静岡県三島市で本屋を始めました。本屋を始めるまでは10数年を東京で過ごし、会社勤めをしていました。本屋になりたいという以前に、いつかは自営業で小商いをしながら暮らしたいと思っていたので、インディペンデントな店や活動に、自分なりにアンテナを張って20代を過ごしました。オルタナティブな生き方や文化を知ることは、自分にとって日々のモチベーションとなり、それ自体を誰かに紹介することにもまた面白さを感じていました。本屋はその生き方や文化を知り得る手段のひとつであり、本のデザインの仕事をしていた自分にとっては、身近で頼りにしている場所でもありました。本を作る側の視点から伝えられることもあると思っていたし、本を作る人やその活動を応援したい。本屋という場所だから生まれる何かを大切にしたい、という思いで本屋を始めました。
30歳を手前に転職などを経験しながらも、店を始めたい気持ちは膨らんでいきました。そのとき地元の三島では、同世代の店主が営むインディペンデントな店や活動が、少しずつ増えていることを知りました。アパレルと雑貨のブランド『SLEEPYY』の実店舗がオープンしたのもこの頃で、その辺りから三島いいなって思うようになっていた気がします。以前から親交があったSLEEPYYの店主には、自分も店をやりたいことを伝えていました。
それから半年ほどして、SLEEPYYの下の階の店舗が空いたという連絡が店主からありました。三島の物件はそれまでもチェックしていたのですが、条件など合わずに進捗がなかったので、突然の機会にすぐに内見を手配しました。元は40年ほど書店だったビル1階の10坪のスペース、正面は全面がガラス張りで自然光が程よく入る、明るく開放的な印象でした。1階と2階の店を回遊できるビルの面白さを感じていたし、2階にSLEEPYYの存在があることはとても心強く感じました。東京へ帰る電車を待ちながら、既にここで店をやりたいという気持ちでした。
無事に物件を借りてからは、ほぼスケルトン状態の店のリフォームに取り掛かりました。資金を抑えるために、解体や塗装作業など内装の一部はDIYで。真夏の猛暑での作業も大変でしたが、それ以上に大変だったのはとにかく決めることが多いこと。あらゆる選択に迫られる瞬間が毎日続きました。本棚の棚間の間隔、手洗い器の蛇口の形、業者さんへの差し入れ…、優柔不断な自分にとっては尚更でした。お金をかけずにやろうすると作業も決めることも山積みで、さらにスピード感をもって決断していかないと、オープン日が遅れてしまうという焦りもありました。それでもひとつひとつを自分が納得できる答えを出して、なんとかオープン予定日に間に合ったのは、サポートしてくれた友人たちのおかげです。
店の準備に入るため、会社を辞めて東京から三島に引っ越しました。すぐに車を買う余裕はなかったので、家は店からも徒歩圏内のエリアに部屋を決めました。補助金の制度なども市役所や商工会に確認して申請しました。駄目元でも聞いておいて良かったです。開業時の仕入れは、出版社との直接取引がほとんどで、特に紹介したかった小さな出版社の本や、ZINEなどの個人制作のものを中心に棚に並べました。出版社が出店している各地のイベントに足を運び、一目惚れから仕入れの相談をしたこともありました。
ヨットには4畳ほどのギャラリーとドリンクカウンターがあります。この2つの要素は店の間口を広げるためでもあり、お客さんの母数が決して多くない人口11万人の三島市で、どれだけの人が本に興味を持っているのか正直不安でした。たとえ本に興味がなくても店に入りたくなるきっかけを作り、1杯の美味しいビールを飲んだり、ハッとさせられる展示を見て、この空間を利用してもらえたらと。様々な表現の場として、街に開いたスペースにしたいと思いました。
10数年を離れていた三島は、地元に戻ってきたというよりは移住してきたような感覚に近くて、大通りのすぐ横にある小川のせせらぎや、宿場町の面影も残る古い建造物、街中のものが目新しく感じました。最近友人が始めたライブスペースは三島の新しいランドマークとなり、県外からもたくさんの人を集めています。この街に住んでいる今、自分が住む街は自分たちで住みやすく、面白くしていくという感覚が生まれました。小さな街で店を開くことは、そういった部分も担っているような、街への影響は良くも悪くもあると思っています。東京で会社員をしていた頃には感じていないことでした。
最後にヨットという店名についてですが、なかなか良いのが浮かばず途中で考えるのもやめて(笑)。改装中に思い立って、旅した岡山県にある山の上から瀬戸内海を眺めた時に、白い波状の航跡がしっかりと見えて、それでなんとなくですがヨットに決めました。”よっと乗りこえて すいすいと生きていく”この言葉も後から生まれたのですが、ヨットを訪れた人がそんなふうに思えたらいいなと思っています。
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