本屋、はじめまして #2 RIVER BOOKSー前編
はじめまして。静岡県沼津市で2023年9月からリバーブックスという新刊書店を始めました。店主の江本典隆と申します。地方で本屋を始める、という大冒険をスタートしてしまった私の経験が、同じく本屋を始めてみたいと思っている方、新しいことを始めてみようと考えている方の一つのサンプルになれば幸いです。
リバーブックスのある沼津という街
リバーブックスがある静岡県沼津市は、人口約19万人の県東部の都市です。古くから商業の街として栄え、目の前に駿河湾、背後には富士山、そして街の中心部には狩野川が流れています。東京から新幹線を使えば1時間ちょっと。伊豆へのアクセスもよく、都会と田舎が適度に入り混じった居心地のよい街です。近年はアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」の聖地としても人気で、移住者も増えているようです。
私はこの街で生まれ育ち、東京、名古屋などで暮らした後、約20年ぶりに戻ってきました。現在は平日に東京の出版社で勤務しながら、金曜の夜と週末にリバーブックスを運営しています。
本とクラフトビールが飲める本屋&ギャラリー
リバーブックスは、沼津産のクラフトビールを飲みながら新刊を選べる本屋です。狩野川から徒歩3分ほどにある築70年以上の建物を改装した店内には、本棚の向かいに大きなビールサーバーが鎮座。そしてミニギャラリーもあります。小さな空間に、本屋と立ち飲みスペース、ギャラリーという異なる要素を詰め込んだ、密度の濃い空間が気に入っています。
店名の「リバーブックス」は、近くを流れる狩野川にちなんでいますが、店主である私の苗字“江本”の英訳にもかけています。お店の名前を覚えてもらいやすいように、店名はとにかくシンプルにわかりやすさを大事にしました。また、当店のロゴは友人で漫画家の小山ゆうじろうさんに依頼。ゆるさの中におしゃれで都会的な雰囲気も併せ持つ素敵なデザインに仕上げてもらいました。
きっかけは1枚のポスター
なぜ沼津で本屋を始めようと思ったのか。近年、沼津市内でも書店が次々に消えていたことも理由の一つでしたが、沼津に“本を通じて人が集まる場所”が欲しかったのが一番の動機でした。子供の頃から本が好きで、そのまま大人になって出版社に入り、私の人生は常に本が身近にありました。東京では森岡書店や書肆サイコロ、SUNNY BOY BOOKS、一時期暮らした名古屋ではON READINGなど、店主の個性が光る本屋に通い、そこで出会う本や展示から受け取る刺激が大きな楽しみになっていました。沼津に戻ってきて、本屋に通うサイクルがふっと途切れてしまったときに、“場所”が欲しいと気づいたのでした。
そんな中、2022年暮れに沼津駅前の地下道で1枚のポスターを見つけました。沼津市が市内の空き店舗を活用した事業を募集するというコンペでした。最優秀賞は半年間家賃無料、賞金10万円がもらえるという内容で、締切はなんと翌日。すぐに帰宅し、一晩で本屋の企画書を書き上げて応募しました。その勢いのまま2023年2月に行われたプレゼンに臨み、まさかの最優秀賞。驚くほどあっという間に本屋開店が決まりました。
築70年の建物ではじめてのDIY
開業が決まったものの、用意された建物は築70年を超えていて、畳はボロボロ、雨漏りにすきま風だらけで、大幅な改修が必要でした。少ない資金は本の仕入れに充てたかったので、できる限りお金をかけず、店舗改装はDIYで行いました。とはいえ私自身はまったくのDIY未経験者。コンペでサポートしてくれた建築家の方にアドバイスをもらいつつ、YouTubeのDIYチャンネルを見よう見まねで作業を行いました。
結局、プロにお願いしたのは電気の配線と雨漏りの補修のみで、自分でも驚くほど安い費用で改修することができました。手掛けると建物にも愛着が湧いてきて一石二鳥。YouTubeおそるべしです。店の本棚は、2022年に閉店したマルサン書店仲見世店で長年使われていたものをご厚意で譲っていただきました。私自身、大好きだった書店の棚を使えるのは光栄で、お店を開ける前にいつも磨いています。
選書は“狭く、深く、やわらかく”
いざ本を仕入れる段階では、店の規模から取次は通さず、厳選した本を出版社から掛け率の高い直接取引(買切り)で仕入れると決めていました。返品ができない緊張感の中でいつも選書をしています。私自身の選書のモットーは“狭く、深く、やわらかく”。エッセイ、アート、現代短歌、サブカル、歴史、民俗学などに加えて、旅、お酒、料理など、普段本を読む習慣がない人でも読みたくなるような一冊に出会える選書を心がけています。
私自身、出版社で10年ほど書店営業をしていたので、お客様の動線や棚での視線の流れなど、棚づくりを日々考えていた頃の経験が生きています。
今のところ、来店されたお客様でさっと出て行ってしまう方は、体感で1割くらい。私自身、選書するのがとても楽しく、本を買ってくださるお客様との会話も弾んでいます。ちなみに本の仕入れは「一冊取引所」「子どもの文化普及協会」を主に利用しています。
ご近所のクラフトビールとほうじ茶で産地直送&地産地消
当店のような小さな店舗では、利幅の少ない図書売上だけでは成り立ちません。当初は店舗の一部をお店を始めてみたい方に貸そうかと考えていましたが、改修作業真っ最中だった真夏のある日、大きな出会いがありました。ご近所にあるクラフトビール醸造所「沼津クラフト」でビールを飲んでいたら、カウンターにいたブルワーのヒロキさんと意気投合。本屋でビール出せたら面白くない?と話すうちに、トントン拍子に事が進んだのでした。同時期に、私が足繁く通っていた居酒屋のご主人が突然亡くなり悲しみに暮れていたところ、居酒屋で使っていたビールサーバーを譲っていただけることに。沼津での不思議なご縁がつながって、クラフトビールが飲める本屋として営業しています。
お酒が飲めない方向けには、お隣り富士市の若手茶農家さんが手掛けたほうじ茶も仕入れています。驚くほど香りが高いおいしいほうじ茶で、リピーターも増えてきました。地元のビールもほうじ茶も生産者から直接仕入れて提供する、そんな地元ならではのストーリーがある本屋になれたらいいなと考えています。
アートギャラリー
リバーブックスのもう一つの特徴が、ギャラリーを併設していること。私がアート、特に写真が大好きで、都内の写真展などを熱心に巡っていました。作品を通じて作家を知り、作品を通じて自分の中で新鮮な反応が生まれるのは、アート鑑賞の大きな魅力です。そんな体験ができる場を沼津にも作りたいと考え、店内にギャラリーを作りました。
ギャラリー内には写真集を中心としたアートブックの棚も設置。こちらは私の好み全開で古今東西のアートブックを揃えていきます。また2024年内には、私が企画する展示をいくつか始める予定です。
「沼津の本屋」になりたい
お店を始めて4ヶ月。まだまだ走り続けている最中ですが、沼津の皆さんが応援してくださるのが本当に力になっています。口コミでリバーブックスのことを知って来店くださる方も日々増えていて、感謝の気持ちでいっぱいです。私を育んでくれた沼津の街で、本に出会う楽しみを広げていきたい。街に根付いた「沼津の本屋」になるべく、毎日を積み重ねていきたいです。
\後編も更新しました!/
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