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【シネマコラム】 拝啓、スピルバーグ様 002
002. アカデミー賞なんかこわくない 前編
Edit & Text by Shigemitsu Araki
『ゴジラ-1.0』が視覚効果賞、『君たちはどう生きるか』がアニメ賞、『PERFECT DAYS』が国際映画賞にノミネートされ、例年以上に日本でも盛り上がりをみせている第96回アカデミー賞。
しかも作品賞の本命『オッペンハイマー』は「原爆の父」として知られる理論物理学者ロバート・オッペンハイマーを描いた伝記映画です。
世界唯一の被爆国である日本で公開されることにちょっと待てよとなる人(広島出身の自分もそのひとり)がいる一方、いまや数少ない「監督で観たい」信頼されるブランドになっているクリストファー・ノーランがそれをどう描くのかに興味を持つ人(これまた自分もそのひとり)もいて、双方向から話題になっています。
そこで前哨戦となるゴールデン・グローブ賞ほかの実績をふまえ、主要部門の賞の予想や楽しみ方をみなさんと分かち合えれば幸いです。
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© LESFILMSPELLEAS_LESFILMSDEPIERRE
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いきなりなんですが、今回のオスカー(アカデミー賞の別名)で個人的に最も注目しているのはフランス映画『落下の解剖学』に主演したドイツ人女優ザンドラ・ヒュラーです。
『落下の解剖学』は、前哨戦としては第 76 回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞、第81回ゴールデングローブ賞では脚本賞と非英語作品賞を受賞。
オスカーでは作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門でノミネートされています。
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あえてジャンル分けするなら法廷もので、彼女の役どころは夫殺しの容疑をかけられたベストセラー作家。
彼女の小説に書かれている殺人の場面が、実際に起きた事件と酷似しているなど、さながら『氷の微笑』(1992)ばりのサスペンス的な展開をみせますが、謎解きの問題だけでは終わらないのがこの映画の凄さ。
後半は主人公が裁判にかけられることで個人情報のあることないことが暴かれ、彼女と対・夫、対・恋人、対・息子、対・仕事、対・人生への向き合い方がむきだしになるところがまさに現代的です。
そして夫(父)の死体の第一発見者である視覚障がいを持つ11歳の息子ダニエルの証言によって、まさかの大団円をむかえます。
そんな注文が多すぎる物語の中心にいる人物を、ザンドラは狂気的にならず、淡々とし過ぎず、迷える現代社会に生きるリベラルな思想の女性として一つひとつの言動を息をするように自然に演じているのです。
そう、ザンドラの演技の凄さは「力が抜けているようにみえること」に尽きます。
相手の力を利用して相手を倒す、合気道のような。
まるで演技しているようにみえないから、映画と現実が地続きのような感覚にさせてくれる。
そのアプローチは、監督が意図したドキュメンタリー的な撮影方法とみごとに呼応しています。
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またザンドラは、同じくオスカー の作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、音響賞 の5部門にノミネートされた『関心領域』にも出演しています。
『関心領域』は、アウシュヴィッツ強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む収容所の所長とその家族の一見幸せな暮らしを描く、これまた味わったことのない感覚を呼び覚ますような作品なのですが、こちらについてはまた別の機会に。
この優れた2作品に出演していることから、受賞する・しないにかかわらず今後の彼女および彼女の出演作がノミネートの常連になりそうな気がします。
現状、名前の日本語表記はザンドラかサンドラか、ヒュラーかフラーで媒体によって表記が揺れているのですがこの機会に統一されますかね。
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まあでも今回、主演女優賞の本命は『哀れなるものたち』の、見た目は大人、頭脳は子どもな逆コナン状態の女性の成長と自立を、大胆かつぶっとんだ演技で体現したエマ・ストーンでしょう。
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©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
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『哀れなるものたち』は主演女優賞のほかにも作品賞、撮影賞、衣装デザイン賞、美術賞ほか11部門でノミネートされています。
おしゃれなビジュアルをひっくり返すほどの過剰な性描写の毒気にど肝を抜かれる方がいるかもしれませんが、エマのありえないものに息をふきこむ演技には誰もが圧倒されるはず。
主演女優賞は『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』でデ・ニーロやレオ様に負けない貫禄をみせたリリー・グラッドストーンも対抗として強敵ではあります。
が、筆者はエマの映画デビュー作である青春コメディ『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007)から観つづけてきたこともあり、その加速度的な成長ぶりをまさに『哀れなるものたち』の主人公ベラそのものと重ねてしまいます。
そしてここにてき新たな代表作に出会えたことを祝ってエマにベットしたい。
エマが受賞すれば『ラ・ラ・ランド』で第89回アカデミー賞主演女優賞を受賞して以来2度めの受賞となります。
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女性の話題の余談として、今回関心を集めているのは、作品賞に女性監督の作品が3作ノミネートされていることです。
これでもまだ少ないかもしれませんが、オスカー史上最多数とのこと。
ジュスティーヌ・トリエ監督『落下の解剖学』
グレダ・ガーウィグ監督『バービー』
セリーヌ・ソン監督『パスト ライブス/再会』
多様性を重んじるために口先だけで女性監督を優遇するのは本末転倒ですが、この3作品は留保抜きで素晴らしいです。
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中でも今をときめくスター監督や大御所の名前が並ぶ作品賞と脚本賞のラインナップにしれっと入り込んだ『パスト ライブス/再会』とその監督セリーヌ・ソン。
アジア人女性監督でなければ書けない、撮れない作品でありながら、世界中の誰もが思いあたるけれど誰も映像化したことのない境地の恋愛(だけじゃない)映画を生み出し、性別を超えて評価され、口コミの延長線上でここにのしあがってきたことも特筆に値します。
実は上記3作品に共通するモチーフでもあるのですが、ここ最近、興味深い作品にみられる主人公たちには「仕事ができる女と哀れなるマッチョたち」という関係性が顕著です。
その関係性が現代の物語に与えている影響については、オスカー予想のつづきも含め、次回お話ししたいと思います。(続)
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