何を「いつ」やるか? ベストなタイミングの計りかた(篠田真貴子)
「篠田真貴子が選ぶすごい洋書!」第1回
“When: The Scientific Secrets of Perfect Timing” by by Daniel H. Pink
2018年1月出版
※日本語版刊行になりました!『When 完璧なタイミングを科学する』
“When: The Scientific Secrets of Perfect Timing”という本を読みました。
私はこの本を、発売前から予約して、とても楽しみにしていました。
本書は、私達の生活の中の「タイミング」に着目し、「いつやるか」に関して、さまざまな角度から教えてくれる本です。生物学や心理学など複数の学術分野の研究成果を踏まえた内容に加え、いきいきした事例も数多く紹介されています。
著者のダニエル・ピンクさんは『モチベーション3.0』などを書いたビジネス書のベストセラー作家です。彼のTEDプレゼン「やる気に関する驚きの科学」をご覧になったことがあるかたもいらっしゃるのではないでしょうか。最新刊の“When”は6作目になりますが、著書はどれもテーマが興味をそそり、多くの学術論文の知見に立脚していて、文章の運びも機知に富む、役に立つ知的エンタテイメントの一級品。ピンクさんはマンガの研究のために1年日本に滞在したこともあるそうで、“Johnny Bunko”というビジネスマンガも作っています。
“When”について、ピンクさんはインタビューで、次のように語っていました。「何を誰と、どうやってやるか (How to) に関する本はたくさんあるけれど、いつやるか (When to) に関する本は、ない。自分が読みたいから書いたんだ」と。
本書は三部構成です。第一部は、1日の中での「When」について。第二部はプロジェクト、あるいは人生といった期間の中での「When」について。そして第三部は、他の人との「When」、つまりタイミングを合わせることに関するものです。
この本の大きな魅力は、論点やエピソード一つひとつの力強さにあると思います。読んでは「へええ」と感心し、さらにそれを人に話したくなるんです。
例えば、第一部で紹介されている時間生物学 (chronobiology)の研究によると、8割の人は体質的に朝方、2割が夜型だそうです。そして朝型の人の場合は、1日の中で、朝は分析的な思考に適した時間帯なのに対し、夜はクリエイティブ思考に適した時間帯になります。一方夜型の人は、朝方の人とは思考タイプと適する時間が逆転します。つまり、起きた後はクリエイティブ思考に適した時間帯で、深夜寝る前が分析的な思考に適した時間帯になるのです。このことを知っていれば、自分が朝型か夜型かに基づいて、1日の中の仕事時間の割り振りを最適化できますね。
第二部では、考えさせられる研究成果の紹介がありました。思春期の子どもの多くが「宵っ張りの朝寝坊」になってしまうのは、「ホルモンバランスの影響による自然な現象」だというのです。しかも、無理に早起きをさせると「飲酒、喫煙、薬物使用などの危険行為に走る傾向が高まる」と。
そのため、アメリカの小児科学会 (American Academy of Pediatrics)では「高校の始業時刻を午前8時半以降にするべき」という公式見解を2014年に発表、2015年には米政府機関である疾病管理予防センター (Center of Disease Control and Prevention) も同趣旨のレポートを出しました。これを受けて、ミネソタ州やコロラド州などの高校では、若者の自然な起床リズムに合わせて、始業時間を遅らせたそうです。その効果検証も行われ、複数の調査で生徒の成績が上がった、欠席や遅刻が減った、モチベーションが高まった、鬱が減った、などの変化が確認されました。高校生の自動車事故が7割減ったという事例もあったのです。
早寝早起きは美徳だ、青少年に身につけさせるべきだ、という感覚はアメリカにも日本にもありますが、そうしたしつけが、実は逆効果だったとは。控えめに言って、ショックです。
第三部では、合唱……つまり「周りとタイミングを合わせながら歌うこと」が、精神的にも身体的にも、プラスの効果があるという、ちょっと驚きの研究成果が紹介されていました。合唱の前と後を比較すると、免疫グロブリン(抗体)が増えるんだそうです。
正直なところ、第一部から読みはじめたときは「知っているとちょっとトクする」ような内容で、「SNSのタイムラインで流れてくるビジネス系の記事と大差ないかも」と感じるところがありました。しかし、第二部、第三部と進むにつれ、損得を超えた「幸せとは何か」を考えさせてくれるエピソードが次々に出てきました。
例えば、第二部で紹介されている研究なのですが、人の年齢とその人が付き合う人々の人数を調査したところ、老年期に入ると付き合いの人数が減る傾向があるというのです。仕事から引退する。同年代の友人たちも鬼籍に入る。なんて寂しい老後……と思いきや、そういうことではないらしい。実際のところは、高齢者は「意図して」付き合う人数を減らしている、というのです。人生の残された時間、気の合う人とだけ過ごそうという、能動的な選択の結果そうなっている。歳を重ねたからこそ、自分の幸せを形作ることができる……。とても励まされます。
ここまで本書の内容を紹介してきましたが、私がダニエル・ピンクの著書を好きな、大事な理由をお伝えしてもいいでしょうか。それは、彼の文体です。作家として独立する前は、アル・ゴア元副大統領のスピーチライターだったピンクさん。その時期に鍛えたものなのか、ピンクさんの文体は、リズム感と説得力と、時折まじるユーモアが絶妙で、面白いスピーチをきいているような読書体験なんです。例えば、処女作“Free Agent Nation”では、彼がホワイトハウスの職を辞めてフリーランスとして独立した経緯が書かれていまして、そのことを“from the White House to the Pink House”と表現していたんですね。読みながら大笑いし、それ以来、彼の声が聞こえるような生き生きとした文体に惹かれつづけています。今回の“When”も、サービス満点。さむいダジャレを言う(書く)前に“-- sorry to do this, folks --(ごめん、言わせて)”と前振りが入ってからのお約束のギャグ。声を出して笑ってしまうことが何度もありました。
ダニエル・ピンクさんのポッドキャストや動画を視聴すると、実際の話しかたもリズミカルでユーモアがたっぷりあって、文体から受ける印象と変わりません。TEDの他にも、ウェブ上に動画が数多くありますので、ひとつ観てから本書を読むのはいかがでしょうか。彼の肉声がイメージできる読書になると思います。
話を本書の内容に戻しますと、「人というものは、実は、自分の意思で自分を制御できる領域は限られている。基本的には、自然の摂理に支配されているのだ」という考えが、本書の前提にあります。そうした人間観は、たとえば著者がデビューした約15年前には、まだ広く受け入れられていませんでした。当時は、人間が機械のように一定のリズムで正確にパフォーマンスを出し続けるのを理想とする人間観が、まだ主流でした。しかし、ここ15年ほどの間に、心理学の知見が経済学に影響を与えるようになり、脳科学が発達してその知見が一般にも知られてきました。その結果、脳や心の「自然な働き」を理解し生かしていこうという、新しい人間観が支持を広げています。これまでの「How to」本がかつての機械のような人間観を前提としていたとするならば、“When”は新しい人間観に根ざした自己理解、自己啓発の本なのです。
修正のお知らせ: 記事中において本の「第一部」の内容を誤っておりましたので、修正いたしました。皆さまにお詫び申し上げます。2018年5月12日
執筆者プロフィール:篠田真貴子(株)ほぼ日取締役CFO。小学校、高校、大学院の計8年をアメリカで過ごす。主な洋書歴は、小学生時代の「大草原の小さな家」シリーズやJudy Bloomの作品、高校では「緋文字」から「怒りの葡萄」まで米文学を一通り。その後はジェフリー・アーチャーなどのミステリーを経て、現在はノンフィクションとビジネス書好き。