『ブンとフン』読んだ!
奇妙奇天烈腹筋崩壊
あるページにはのりしろ。とあるページにはキリトリ線。挿絵は作中人物によって盗まれている……。何もかもが規格外な井上ひさしの処女作。それが『ブンとフン』である。
もちろんその内容も規格外である。売れない作家のフン先生が書いた『ブン』という作品。その作中人物であるはずのブンが本の中から出て来てしまった! 四次元の大泥棒ブンによる変で笑えるそれでいてスケールの大きな事件が次々と巻き起こる。マスコミは大騒ぎ、警視総監はブンを捕まえようと躍起になり、世界中でブンフィーバーが巻き起こり……。全世界を巻きこんだドタバタ喜劇は皮肉が効いていて腹筋が鍛えられる。前に書いているメタフィクション的な面白さから、思考実験的な面白さ、シンプルに強い大喜利の羅列、言葉遊びまで、多種多様に広がる「面白さ」は飽きが来ない。ハチャメチャで楽しい作品である。
そして、この作品を癖になるものとしているのがそのリズムの良さだ。引用文にも表れている通り、〈祇園精舎の鐘の声〉や『寿限無』、果ては〈市役所大回転〉や〈ムール貝酒蒸しにして〉にも通じる声に出して読みたくなる日本語のリズム。これがこの一文だけでなく作品を通して随所にみられることが、この作品の魅力を増している。例えば次のような文章だ。
ね? 楽しいリズムでしょ? そんなことよりも内容が気になる。蛙にヘソ? と思っている人はぜひぜひ本文に目を通してほしい。たぶん、あなたが想像している一・五倍ほどしょうもないシーンだ。きっと笑顔になっていただけると思う。
メモ:井上ひさしと言えば『ひょっこりひょうたん島』の作者、といったほうがなじみがあるかもしれない。本人もあとがきにおいて〈ひっくり返したオモチャ箱ともつかぬ騒々しい作物〉というほどの怪作である。
『ブンとフン』井上ひさし 新潮社 昭和四十九年 ISBN:4-10-116801-6