まんまとタイトルに釣られて『殺した夫が帰ってきました』を読んでみた話
『殺した夫が帰ってきました』。タイトルのキャッチーさと不穏さで言えば今季私が読んだ中でベストで賞、堂々の大賞を受賞するタイトルである。もちろん、タイトルばかりが強いタイトル負け作品ではなく、謎とスリルがたっぷり詰まった一作だ。
アパレルメーカーで働く茉奈。ある日強引な取引先の相手に迫られているところを、別の男性に助けられる。しかし、その男は助ける際に夫を名乗ったのだ。茉奈の夫は五年前に茉奈自身の手によって崖の下に落とされたはずなのに……。記憶喪失になっているという夫は殺されたことも、妻のことも、DVをしていたことも忘れていた。夫の希望によって同居し始める二人だが、茉奈は気が気でない。過去のことがバレれば、五年でやっと手に入れたものをすべて失うことになる。夫を追い出せないまま暮らす中、過去を知るという手紙と、夫の不信な行動、物語は加速していく。
あり得ない。このようなことは恐らく起こりえない。しかし、どこか現実感がある。読んでいる間はあり得ないことだと冷めてしまう瞬間を与えないバランスの良さがあって、とても読み心地がよかった。あり得ないはずなのだ。でももしかしたら。日本の片隅でこんな事件が起きているのではないか。同じ不幸を背負う人間がいるのではないか。そう考えてしまうリアリティ。それと、ありえないけれど、魅力的で、非日常的な事件。それが同時に存在しているならば、エンターテイメントとして最高だ。謎の根幹、帰ってきた夫の謎、そしてそのスリルがずっとあるため、緊張しながら読み続けられるのも刺激的な読書体験だった。
どこかほの暗い雰囲気の漂うところも魅力だ。重い雰囲気を維持したまますらすら読める文体もストレスなくよめて一気に読み切ってしまった。最終章はまるで映画でも見ている気分を味わえるほどの臨場感だった。タイトルにつられて読んでみる価値のある小説だと言えるだろう。
メモ:友人の名前が登場人物の名前になっていて、自分の名前よりはましだけれども、お尻のところがむずむずする気分だった。仕方ないけどね。
『殺した夫が帰ってきました』桜井美奈 小学館 令和三年 ISBN:978-4-09-407008-8