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【物語】戻ってもう一度
この心が手に負えなくなってから何日か過ぎた。
私は治そうとしたが、今は放っておくのがいいらしかった。
心臓を取り出して、薬を打ってもらった。
『心』という概念を理解しきれていないからどうしようもない。
ただ目の前に存在している『心臓』という物体を治療するしかなかった。
そんな世界が見えていた。
どの薬も効かなかった。
何をしても、自分で自分をボロボロにしているのには変わりなかった。
オールリピートの思い出がなかなか離れてくれない。
お陰で毎日イライラしている。
散々で、それらに出会わないように閉じこもっていた。
私が閉じこもる理由はきっと理解されないからもういい。
ただ、誰かに言われたかったのかもしれない。
「どうした?」
って優しく。
今日はできるだけ考えたくなくて美味しいパンを食べた。
いちごがのっていて本当にペロリだった。
すぐ跡形もなく私に食われていった。
甘酸っぱさを感じたのは一瞬だけだった。
その時間からどこか空虚な気持ちのまま、
あっという間に太陽は沈んでいった。
ここ最近、太陽も月もみていない。
眩しくて見れなかった。
恐ろしかった。懐かしいと感じることが。
またあのときに戻れたらな、とか思いながら頭を振っていた。
自販機にジュースを買いに行こうとした。
だがやめた。
怖かった。
ただ、それだけ。
そしてまた戻りたくなった。元気に外にいた頃に。
私は帰り道を失った。
随分昔に歩いて帰るという青春を失った。
いや、失ったというものではない。
手放した。
外に出ない選択をしたあの日から私はそれらを手放した。
とても尊い感情を手放した。
自己嫌悪に陥ってから随分経ってまた心臓を取り出した。
薬を打ってもらおうと思った。
だが思いつく薬は試したあとで入荷待ちの状態。打つ薬がなかった。
待たないといけないらしかった。
私は焦燥感に包まれた。
(どうしよう。待てるかな…)
そう考える時点でおかしかった。
待てと言われたら待つ、
それができない時点でおかしかったのだ。
「せっかちで片付けないの。」
そう諭された。
でもそれを聞いて私が感じたのは醜い感情だけだった。
素直にそれを受け入れることも認めることもできなかった。
(どうして…?)
それしか考えられなかったのだろう。
嫉妬、怒りでいっぱいだった。
そして感じるはずのないお酒の酔った匂いを感じた。
誰も飲んでいない。
飲んでいても、そんな匂いはしない。
誰もそのお酒を飲んでいない。
なのに、今も時折ざらざら気持ち悪い匂いがする。
とても怖かった。
そんな空気の中で感覚を酷使してアンテナを伸ばして
何かを独り占めしようとした。
(なぜ、劣等感でいっぱいなの⁉)
そう叫びたかった。分からないこと全部叫んでしまいたかった。
よどんだ空気を換えようと思った。
私は立ち上がって窓の外を見ようとカーテンをつまんだ時。
鍵が開く音がした。
誰も動かない。
私の言う通りに誰も動かない。
そう。
私は自分を正当化し始めた。
思い通りにしたいと思っていた。
また大きな音がした。
大きな声がした。疲れた声がした。
きっと怒られるのだろう。
また、また、また、
大きな音がした。
私はイヤホンをつける。
怒られるまで、その一秒前まで
音楽を聞くつもりだった。
心地よいと思ったその歌は誰かの別れの唄だった。
そして怒られた。
おしまい。
読んでくださってありがとうございました。
バイバイ