絵とエッセイ⑳思い出の集積場
「どこから手を付けていいのやら・・」
山のような画布とキャンバス。
棚には、押し詰められた画集と画材の教科書。
一冊を手に取ると層を作った埃が狭い部屋に舞い上がる。
かと思えば、その脇に描きかけの油絵がイーゼルに立てかけられ所在なさげに佇んでいた。
過去と今が混然とする部屋。
画室の片づけを心に決めて数年経つが、まったく綺麗になる事が無い。
ペン画を描いた木製パネルを退けると20年以上前の公募展時代に出展した作品が丸められ置いてある。
絵を独学で描き始めて数十年、その思い出と作品が所狭しと、山になっていた。
「アクリル絵の具を使ってみよう」
何年かぶりに色で表現する事を思い立ち、水彩画を制作してきた。
「もっと大きい画面で自由なイメージで描きたい」
立体的に前に出るように、いろんな画材を混ぜて描いてみたくなりアクリル絵の具に挑戦しようと試みる。
しかし、自由と言うのはとても難しい。
2~3ヶ月考えてやっと手にした絵具は思いのほか手に馴染まず、制作もメンタルも滞る日々が続いた。
アクリル絵の具は、水彩絵の具とは違い結構な場所を取る。
水彩画に絵の具が飛んで付いてもいけない、なんなら場所自体を変えよう。
思いついたのは、あまり使わない画室だった。
画室と言ってもそんなに広くない、今となっては作品の倉庫の様になっている場所である。
こんな狭い部屋で2メートル近くのキャンバスに絵を描いていたなんて想像がつかない。
「どうやって描いていたのかな」
介護職で膝を悪くしてからそんなに大きい作品は描かなくなった。
その数年前に筆を持つ事さえできない日々がある。
「公募展に入選したらその先に個展が出来る」
現在のようなレンタルスペースがあるとは知らず、教えられたことをひたすらに信じていた日々だった。
公募展に入選するには、できれば大きい作品が良いと言われていた。
県展、公募展などに入選を目指して描き続けた日々。
その為の画材で、その為の画集であったはずなのに、見向きもしないで何年経っただろう。
自分の背丈ほどの古いキャンバス布が、扉を外された押入れから顔を出している。置かれた年数を感じさせる日焼けと埃。
今では想像できないが、一応は、上野の東京都美術館に飾られた作品だった。公募団体が作った画集にも掲載されている。
木枠から外され、丸められ、新聞紙にくるまれてはいるが、張った状態のF100号キャンバスは部屋の半分を隠してしまうほど大きい。
余りにも場所を取るので、数年前に4枚ほどキャンバスから画布を剥がし裁断して破棄することにした。
絵具を厚く塗られた布は意外と切りづらい。
不思議と何のためらいもなく、ハサミを入れられた自分に驚いた。
自分の作品が傷つく事に耐えられない方だと思うが、それを抱えてあの世にはいけないからな・・と、今は思う。
名のある画家の様に美術館にはもう飾られる事は無い。
誰かに処分されるのであれば自分自身で、そんな思いもあったかも知れない。
「どんな気持ちで描いていたのだろう」
実は公募展時代の記憶があまりない。
だから、何を描きたかったのか絵を見ても分からない。
「部屋の在り様は、住んでいる人間の頭の中を視覚化している」
物は多いのに、それ自体に対する記憶がほぼ無い。
公募展入選に会友推薦。
良い事が幾つかあったはずだが覚えていない。
絵を描く事が好きなのに、絵を描く事を拒否していた過去がある。
移ろい、悩み、絵を描くこと自体を何度も辞めては戻ってきて、増え続けていく作品と画材。
画室は辛い記憶の集積場のようなものだった。
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