第76回お寺の未来 1
1.現代のお寺のあり方
日々お寺とお付き合いのある仕事しています。といっても本来の宗教的な部分は垣間見るくらいで、至って事務的な話が中心です。
今日も午前午後二回戦でお寺を見学にきた小学生を案内した後に、事務的な打ち合わせ2時間。
その後は知人のお宅に不幸があり、お通夜に行ってきたので一日中仏教づくしです。
2、仏教が現代に至るまでの流れ
仏教は初めて我が国にはいってきたときは異端だったため、排斥運動もあったほどです。蘇我氏と物部氏が争い、仏教受け入れ派の蘇我氏が勝ったため受け入れ始めていきます。6世紀のことです。
それから次第に国家を挙げて信仰が高まり、8世紀には聖武天皇が東大寺の大仏を建立し、全国に国分寺・国分尼寺を作らせます。
鎌倉時代になると庶民にまで信仰が広がり、身近な存在になるお寺。
江戸時代には檀家制度ができて、ほぼ今と同じ形態になります。
現在では全国に八万五千の寺院があり、8871万人もの信者がいるとの統計があります。
宗教離れと言いつつも、お墓がどこかのお寺にあり、身内の葬儀は葬祭会館でやるにしても、どこかのお坊さんを呼んでいることが多いのではないでしょうか。
この景色は10年後にはどうなっているのでしょうか。
お墓を維持するのも、お弔いを出すのもお金がかかります。若者の賃金が上がらなければそう所に支出がまわらなくなることが容易に想像できます。
3、観光地化を求められる寺院
文化庁では、近年、文化財を守るためにには自ら稼ぐことで、修復費用などを捻出するように、という流れになってきました。
観光客を呼べるようなイベントを、とか
説明会看板を多言語化して外国のお客様に満足してもらえるように、とか
そういう取り組みをするところには積極的に補助金を出して援助をしますが、
努力をしないところには、、、
という姿勢であるように見えます。
以前もNoteに書いたことがありますが、
すでに観光地化している寺院であれば、流れに乗ることも出来ますが、
そうではない、地元の文化財は守らなくていい、ということになってしまわないか心配です。
国が守るべきものを決めるのではなく、一見さんが喜ぶ物だけ残すのでもなく、本当に大事な文化財はなんなのか、ちゃんと地域で考えていく流れを作っていかなければ!と思います。
また個人的にはお寺にお墓があって年に数回でも手を合わせる、という習慣は大事にしていきたいと思いますが、
自分の子ども達に強制的にそれを強いることはしたくない気持ちもあります。
縁起でもないと怒られそうですが、誰しも避けて通れない問題です。自分の中でも整理できていない課題なので、もう少し考えて行こうと思います。
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