ある場所の、ある記憶の物語。
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どうも、じーもです。
ようやく、場所の話です。(笑)
どこでするのか。どんなところだったのか。時間が刻んできたのは記憶であり、歴史だと思うんです。少しだけ、お話を聞いてください。
ある場所の話。
ここは徳島。
去年、人口が”戦後初の70万人割れ”をしたらしい。
ここは徳島市。
四国の県庁所在地の中でも一番人口が少ないらしい。
そして、ここは陸上競技場。の近くにある建物。
元々は工場だったらしい。
今は静かで、たまに前の道にごみが落ちている、らしい。(カラスなのか人間なのかわからないけれど、本当にやめてほしい。)
人口のこと。
政治のこと。
経済のこと。
流行り病のこと。
たくさんの変化があって。大きな変化でも日々の生活に与える影響が少なかったり。大きかったり。それでも、日々は変わらずに続いていて。
田んぼや畑がマンションになって。
古い建物が壊されたり、新しいチェーン店ができたり。
景色も数年前と比べてかなり変わった。
それでも。
ただ、建っていた。
そんな場所の、話を。少しだけ。
とある記憶。
ウィーーーーン。
ギィーーーー。
ガタン!
忙しなく、機械を操る。寸分の狂いもないように。
削っていく。
仕上げていく。
積み上げていく。
タバコのにおいも。
もちろん木材のにおいも。
いろんな音と。
色んなにおいと。
人々が動く。営んでいる気配。
確かにあった、そんな記憶。
今から少なくとも20年は前のこと。その建物の全盛期。
きっかけは、戦争から辛くも生き延びた人たちが立ち上げた小さな工場だったらしい。
まだ幼く、空襲で母と共に逃げ、戦争を免れた人。
自ら志願し、ビルマの戦地へ赴くも、成人前のため前線ではなく、辛くも戦争を切り抜けた人。
長男でも戦争に駆り出され、空母へ配属されたが、あまりにも空母が小さかったため、運よく攻撃に合わずに戦争を生き延びた人。
そんな人たちが集まり、家族経営で始まったそうだ。
そこは「木型工作所」。
船の部品などの元となる”木型(きがた)”を作る場所。
その木型をもとに様々なパーツを作るのだから、木型は完成品ではない。
あくまでも型であるから、完成品であるパーツが正しいサイズとなるように、正しい形となるように、それを見越して計算し、仕上げる必要がある。
とても緻密な、正確性が求められる仕事。
そんな仕事を生業にしている人たちが営んでいた場所が確かにあった。
確かに存在していた時代が、あった。
年月が過ぎ。
最大8人ほどの人数で営み続けられたその場所も、変わっていく。
仕事が減り、人が減り。
だんだんとその場所は、ただの建物になっていった。
もちろん、家族経営だったので、周辺に住む親族たちが集まる憩いの場になっていったそうだ。
それでも、そこへ集まる人も減り、いつしかそこは物置のようになってしまい。建物にもボロが出てきてて、雨漏りもするようになってしまった。
現在の姿とこれから。
そんな建物は、今。工事をしている。
屋根を直す工事だ。
それが終われば、中も工事する。
また、木の香りがする。
人が営む気配がする。
少しずつ、以前の空気が戻って来る。
でも、前と同じ姿ではない。
それは、今。
本屋や学びのスペースとして、新しいページを刻もうとしている。
そうです。
それが、今、私がやろうとしている本屋。
その、場所です。
最後に
こうやってみると、その場所は時間と共に姿を変える。本の1ページのような存在だと思うのです。
そして、今私がやろうとしていることは、その中の1ページにしおりを挟んで、今の姿を読んでもらう(楽しんでもらう)こと。
だから、名前は本の栞を(フィンランド語で)意味する「kirjan-merkki」からとって、「merkki」としました。
「merkki」だけでは、「しるし」や「兆し」の意味があります。
それは、私にとって、大きなきっかけをくれたフィンランドへの旅行のことが関係しています。
でも、その話はまた今度。
よければ、ぜひお会いしましょう。
本日も最後まで、ありがとうございました。