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「やる」と決めてやる

これは自分一人ではできない仕事だ。
どうしよう。

今は仕事が立て込んでいて、それをしている場合ではない。
まだ時間はたくさんある。
後にしよう。

のり子はそのHPを閉じていつもの作業を始めた。


2023年10月1日からインボイス制度が始まった。
インボイス制度とは簡単に言うと、的確な取引内容がかかれた書類のことだ。

的確とはどういうことかと言うと
商品などを購入した際、納品書・請求書・領収証をいただく。
事業をしているものはそれらの書類を決められた期間(7年)
保存しておく必要がある。
その書類には、相手先の名称・住所・商品の内容・金額・年月日等の要件が記載されていなければいけない。

インボイス制度とは、これまでの必要な要件に
① インボイス制度に対応した事業者であることを証明するTから始まる「登録番号」が必要である
② 消費税率が何%で、何円なのか

大雑把に言うと、これらがプラスされた。


それに対応した書類=インボイスが無い場合、購入したこちら側が、決算申告時に、通常よりも消費税を多く納めなければいけないのである。

だから、10月以降の事務処理は、支払ったものに対して、一つずつ、「登録番号」や「消費税率や税額の表示」がされているかを確認する作業が発生した。

将来、事務職は無くなると言われているが、このインボイス制度はそれにどのように対応していくのだろうか。どうしても人の手がかかると思う。いや、今は始まったばかりで過渡期なだけかもしれない。



ところで、このインボイス制度は、数か月やってみて、とても困ったことが起きている。

例えば事業用にPC一式を購入したとしよう。
その場合、インボイスに則った内容の書類をいただければそれで済む。


しかし、ETCカードを利用して通行料を払った場合はどうなるのかお分かりだろうか。
ETCカードを利用して高速道路を利用した場合、後でクレジット払いする。

クレジット払いの明細書には、いつ、どの車が(どのカードが)どこの料金所を通っていくらかかったかなどの情報が書かれている。
そのクレジット会社からの明細書がこれまでは領収証として機能していた。

しかし、インボイス制度が始まってからは、それはインボイスではないから、事業者がインボイスを自ら求めないといけないということになった。

その方法は「ETC利用照会サービス」に車両毎に登録して「利用証明書」を取得し、それを簡易インボイスとして保存するのである。

会社で車が1台しかない場合は対応できるかもしれない。
しかし、のり子のような中小企業でも、30台近くの車両を保有している。
そして、毎月のETC利用明細書は複数ページ届いている。


また、高速道路会社は一つではないことにお気づきのあなたの疑問を文言化してみよう。

例えば、A高速道路会社から入って、B高速道路会社を経由してC高速道路会社の料金所で降りた場合どうするのか。

利用した全ての「利用証明書」をその都度ダウンロードして保存することは考えただけでも事務量が莫大に増えることが想像できる。


その類の問い合わせ等が殺到したのだろう。
そこで2023年9月15日付けで国税庁から「高速道路利用料金に係る適格簡易請求書の保存」が発表された。

内容を簡単にご説明すると、「利用証明書」は毎月取得保存する必要はなく、その車が最初に高速道路を利用した時に「利用証明書」を取得しそれを保存していれば良いことになった。

例えば先ほどのA・B・C、それぞれの高速道路会社の場合、C高速道路会社がまとめて利用証証明書を発行している場合には、C高速道路会社の利用証明書を保存することになる。

と、細々申し上げたが、とにかく、インボイス制度に則った仕方をするにはまず、車両毎に、次の4つを用意する必要があるのだ。

①     ETCカード番号
②     車の下4桁の番号
③     15か月以内に料金所を通った年月日
④     ETC車載器の登録番号

ということで、これらのことをのり子はしなければいけないことが分かった。



1から3までは、事務係としてのり子はすぐに出来る。
しかし、4の車載器の番号については、会社としては管理していない。
つまり、社用車を使用している方々全員に番号の提供をお願いしなければいけないのだ。

自分ひとりで完結できる仕事は、作業量が膨大であっても、簡単である。
しかし、他人を巻き込んだ仕事は、やること自体簡単であっても、それに取り掛かるには勇気が要る。

他人が関わる仕事は面倒である。
面倒な仕事は後回しにしたい。
そう思ってしまいがちだ。


のり子はETCの件が気になっていながら、後回しにした。
目の前には、時期的に今やらなければいけないことがたくさんある。
だから、後にしよう。まだ間に合うから。


しかし、日を追うごとにのり子の胸の中には黒い雲が増えていった。
楽しいことがあっても喜べない。
眠りに入る時にそのことが頭に浮かぶ。
朝目覚めるとETCのことが真っ先に出てくる。


そうこうしているうちに、一か月が過ぎた。
のり子は「今日、絶対、この件、着手する!」と決意した。


全部できなくてもいい。
とにかく逃げずにまずは手を付けようと思った。


そして、車両の確認を始めた。
「車両番号」「車名」「使用者」「ETCカード番号」をエクセルで作った。
ずっと車両一覧は作ってあったのだが、ここ3か月の間に車両の入れ替えが複数回あった。

しかも、以前は車両の入れ替えがある時は事前にのり子に連絡が来ていたのだが、新社長に替わってからは、「明日、納車になるから」と、突然言われることが多くなり、業務多忙も重なり、車両一覧を修正していなかった。

それらのデータを作り、まずは直属の上長に、インボイス制度に対応するためにETC車載器の番号が必要なので、午後に該当者にメールを送る予定だということを報告した。

上長は「インボイスのためにそんなことをしないといけないんですね。大変だと思いますがよろしくお願いします」と言われた。


そしてのり子は社用車を使用している数十名にメールを送った。
その際、車載器番号はどれを見ればよいか困らないように、車検証入れに恐らく入っているであろう、車載器の証明書の見本もメールに添付した。


そのメールの送信ボタンを押し、マグカップの抹茶ラテを口に運んだ。
良かった。
今日、やると決めて良かった。
顔を上げて周りを見る。
同僚たちはいつも通りPCに向かって入力をしている。

のり子は机からチョコを一つ出しそれを口の中に入れた。
ぬるっとしたチョコがみるみる舌の上でとろけていった。

のり子は唇の周りについた泡を拭き、別のエクセルを開いて作業に移った。



その後、のり子のPCにはメールチェッカーに「メールのお知らせ」がぞくぞく入ってきた。
皆さん、対応が素早い。

のり子はその都度、お礼の返信をし、そして一覧表に車載器番号を入力していった。


そしてその日の夕方、車載器番号は全て埋まった。
あんなに「やらなきゃ」「でもやれない」「どうしよう」と迷った一か月が嘘のようだった。



できない言い訳を考えてそれに甘んじていただけ。

「やる」と決めてやる。

仕事も人生も、自分の意志で行なおう。


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山田ゆり
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